放課後の黒板消し77
文学の窓
太宰治『猿が島』
須藤古都離『ゴリラ裁判の日』
須藤古都離(すどうことり)著『ゴリラ裁判の日』(講談社刊)の主人公は、ニシローランドゴリラのローズ。彼女は研究所で人間の言葉を教えられ、手話で会話も出来る高い知能の持ち主です。
やがてローズはアメリカの動物園で暮らし始め、オスのオマリと夫婦になります。ところがある日、園に来ていた人間の子どもがゴリラエリアに転落してしまう事故が発生。その子の命を守るためにオマリが銃殺されてしまうのです。
この出来事は2016年にアメリカで実際に起きた同様のケース「ハランベ事件」を下敷きにしていると考えられます。
この小説では夫の死を受け入れられないローズが、動物園を相手取り裁判を起こすことになるのですが……。
さて、太宰治の作品に『猿が島』があります。「はるばると海を越えて、この島に着いた時の私の憂愁を思いたまえ」と、まるで冒険譚のように始まり「裸の大きい岩が…いくつも積み重なり、……これは山であろうか、一本の草木もない」と描写が続きます。
やがて主人公はこの不思議な島の中で一匹の猿と出会います。主人公がこの島に着くまでの経験を語ると「おれと同じだ」「ふるさとが同じなのさ」との返事。ここで読者はようやく主人公が「猿」であり、この場所が動物園のいわゆる「猿山」だと確信していきます。そしてついに霧が晴れ、目の前に「異様な光景が現出」し、「驚愕」の瞬間が訪れます。「青葉の下には……瞳の青い人間たちが、ぞろぞろ歩いている」。
これに対し「俺たち『の』見せものだよ」と説く傍らの猿……。ここでは結末は書きません。ただし、1896年、ロンドン博物館付属動物園から二匹の日本猿が逃げた事件があったことを書き添えておきましょう。
どちらも「寓話」です。動物などに託して、人間世界の真実を問うお話です。安部公房の「良識派」も教科書に掲載されています。視点を転じて私たちの住む世界を見つめ直す作品たち。この夏手に取ってみませんか。
■K太せんせい
現役教師。教育現場のありのままを伝え、読書案内なども執筆する。