医療最前線Drリポート209回

医療最前線Drリポート

歯による個人識別への人工知能の応用

日本大学松戸歯学部 解剖学講座 教授 近藤信太郎先生

日本大学松戸歯学部 解剖学講座 専任講師 五十嵐由里子先生

日本航空123便が御巣鷹の尾根に墜落した事故(1985年)、宮崎勤の連続幼女誘拐殺人事件(1988~89年)、東日本大震災(2011年)。これらに共通するのは被害者の身元確認に歯が大きな役割を果たしたことです。

日航機事故では高濱機長のご遺体は数本の歯と顎骨の一部しか見つかりませんでした。幼女誘拐殺人事件では、当初、被害者の第二乳臼歯を第一大臼歯と誤認したため、後日、年齢推定を下方修正することになりました。東日本大震災では多数の歯科医師が身元調査に貢献しました。

歯や骨は個人識別に活用できる

歯や骨はカルシウムを多く含み高度に石灰化した組織で、災害や事故の影響を受けにくく、そのままの形を残すことが多々あります。歯や骨は遺跡から出土したり、化石になったりすることは周知の事実ですし、法医学においては個人識別に有用です。

歯は顎に植立した状態であれば歯種を決めるのは容易ですが、顎から遊離した歯は鑑別するのが難しくなります。皆さんの顔が人それぞれ違っているように同種の歯でも人によってサイズや形が違います。歯の形に関する知識に精通するだけなく多数の歯を観察する経験を積んだ専門家にとっても鑑別するのが難しい場合があります。

人工知能で歯を鑑別する

私たちは日本大学理工学部の内木場文男教授のグループとの共同研究によって、人工知能(AI)を用いた歯の鑑別に挑戦しています。AIの分野ではヒトの脳における神経回路を模した数理モデル「ニューラルネットワーク」を多層にした深層学習「ディープラーニング」を使った画像分析の研究が進んできました。

いろいろな方向から撮った歯の写真にこのAI技術を応用して、歯の鑑別モデルを構築しています。つまり、コンピュータに数万枚の歯の写真を訓練データとして学習させて鑑別ができるようにするシステムです。今のところ、人にとっても簡単な切歯と大臼歯は100%鑑別できましたが、人も悩むことがある小臼歯の鑑別はAIにとっても難しいという結果になっています(図)。今後は、この学習モデルを改良して高精度な歯の鑑別を自動化して行うことを考えています。

■日本大学松戸歯学部庶務課☎047・360・9567。

図の説明

図 歯の鑑別をAIに学習させた過程

(1) 切歯と大臼歯の鑑別をAIに学習させた結果、学習回数が増すにつれて正答率は増加して100%となり、誤差は減少して0に近づきました。学習は成功したといえます。(2)下顎小臼歯の鑑別をAIに学習させた結果、正答率が約25%、誤差が約1.4に収束し、学習は失敗しました。図には示しませんが、学習条件をより細かく設定したところ学習は成功しました。