日本大学松戸歯学部薬理学講座 教授 三枝 禎(さいぐさ ただし)先生
柳の樹皮は痛みに効くという言い伝え
食後に使いたくなる楊枝は、白樺などの木材から作られたものが多いようですが「やなぎ」から始まる名前の商品をよく目にします。柳の樹皮は、紀元前に古代ギリシャの医聖のヒポクラテスが発熱や痛みの治療に用いたと伝えられているほか、中国でも唐代には楊柳白皮が歯痛に効くとの記録があったとか(「分子を標的とする薬理学」渡邉建彦・上﨑善規著 医歯薬出版)。こうしたことから昔から科学者は柳に関心を寄せていました。
サリシン(salicin)は19世紀に薬理学者のブフナー(独)により柳(Salix:写真)から単離された化学物質です。サリシンは苦くて薬にはならなかったものの、内服後に分解されてできるサリチル酸がリウマチなどに効くことが判りました。しかし、サリチル酸も胃粘膜への刺激が強く飲み薬には不都合でした。
そこでこのサリチル酸のいわば毒性を弱める化合物を作る中で、アセチルサリチル酸が合成されました(図)。

これが今日も飲み薬として使用されているアスピリンです。アスピリンの名は「アセチル化(acetyl-)されたスピール酸(独 spirsauüre)」から来ています。
スピール酸はセイヨウナツユキソウの旧学名であるSpirae ulmariaから抽出された酸に因んでいますが、化学物質としてはサリチル酸と同じです(「医師のための処方に役立つ薬理学」笹栗俊之著 羊土社)。

酸性非ステロイド性抗炎症薬
痛みは普段と違うことが身体に起きていることを知らせる大事な危険信号。しかし、長く続く強い痛みは生活の質を低下させます。鎮痛薬はこうした行き過ぎた痛みを和らげるために使います。
歯科では痛みが予想される抜歯後に投与することもあります。歯科のみならず他科でも広く使用されている痛み止めの多くは、鎮痛作用だけでなく解熱・消炎作用もある酸性非ステロイド性抗炎症薬と呼ばれるグループに属しており、アスピリンもその一つです。
このグループのクスリは、痛みをはじめとする炎症の諸症状の原因となる生理活性物質であるプロスタグランジン類の合成に関わるシクロオキシゲナーゼという酵素の働きを抑えて効き目を発揮します。
市販の鎮痛剤もすぐれモノですが…
一方で内服した酸性非ステロイド性抗炎症薬が特に消化管から吸収される際、胃や腸の粘膜を保護するプロスタグランジン類を合成するシクロオキシゲナーゼの働きも強く損なわれます。このため、副作用に胃腸障害が挙がる酸性非ステロイド性抗炎症薬は多いです。
処方箋なしに購入できる市販の鎮痛剤ですが、酸性非ステロイド性抗炎症薬以外に消化管粘膜を保護するクスリもしばしば配合されています。こうした鎮痛剤は「痛み止め」だけでなく胃腸障害を低減させる「胃薬」も一緒に摂ることになりますので、とてもよく出来ています。
目立った症状がない中で歯医者さんに会うのはちょっと…という気持ちはわかりますが、痛み止めの世話になる前に歯科は受診したいものですね。
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