せめて今夜、眠れるように

子どもの広場 ゆうび

鈴さん(23)は時々、深い心の闇の中へ入っていってしまうことがあります。

「どうしてこんなことになってしまったんだろう…」「あの人があんなことをしたせいで…」「そういえばあの時あんなことを言われた…」。話を聞いていると学生時代や幼少期の辛い想いがどんどん出てきて、その一つ一つは薄まらず、そのままの濃度で彼女の現在の心に積み重なっているようです。

「時間が過ぎるのを待ってみようよ」、「病院の先生に相談してみよう」などの具体的なアドバイスはあまり響きません。「そうだね」とは応えますが、今この瞬間の鈴さんの苦しみに届くものではないことを感じます。そんな状態の鈴さんを、ゆうびのスタッフはたまにカラオケに連れ出します。

元々、歌を歌うことが好きで上手な鈴さんです。ゆうびでも調子がよい時、逆に不安に駆られているとき、ギターを手に朗々と歌う姿があります。カラオケで選曲するのは最初は暗い曲。井上陽水の『氷の世界』など、自身の苦しみを乗せるかのように歌います。調子が出てくると古い洋楽や中島みゆきなど。一緒に行く高齢のスタッフが退屈しないように古い歌謡曲や唱歌なども選んで披露します。そんな気遣いのできる鈴さんです。カラオケの終わり頃には明るい希望のある曲も。つるの剛士の『にじ』など。「♪きっと明日はいい天気」と伸びやかに歌い上げる表情は最初に比べ、晴れやかに見えます。

一見、元気になったような鈴さんですが、また気持ちが落ち込んでしまうのに、そう長い時間はかかりません。明日にはもう、また同じ話を繰り返し、堂々巡りの闇の中かもしれません。私たちは鈴さんの心を軽くするために、薬を出すことも、心理療法を施すことも、まして彼女が望む過去の人間関係の軋轢を取り除いてあげることも出来ません。

出来るのは話を聴くこと。そしてある程度まで聴いたら気分が変わるような気晴らしに連れ出すこと。それくらいです。せめて今夜だけでも、心穏やかな気持ちで眠れるように。

無力にも思えますが、こうした小さな時間が彼女の毎日を支えると信じるほかありません。

(文=杉山 麻理江)

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