大吉祥《書の力 第35回》

ふれあい毎日連載

「大吉祥」香川 峰雲(1904—1977)木版 一面 42.5×35.0

成田山表参道を歩いていると「生楚者(きそば)」「せん遍以(せんべい)」などの立体的な文字によるお店の看板をよく目にします。「文部科学省」(今井凌雪筆)や「文化庁」(成瀬映山筆)の看板はしばしばテレビに登場します。大事な書面に押印するハンコも貴重品です。といったように、私たちの生活に刻(こく)された文字はなじみ深いものです。

 こちらは1972年第一回日本刻字展に出品された、香川峰雲による「大吉祥」という作品です。刻字文化の芸術性にいち早く注目した峰雲は、1963年の毎日書道展に刻字部門を新設し、1970年には日本刻字協会を創立、学校教育にも刻字は導入されています。この作品は高校「書道」の教科書に掲載されました。

平面の写真では伝わりにくいですが、見る角度によって変化する線質そして立体感、彩色を施したり箔を押したりと、文字を工芸的に表現しており、紙に書かれたものとは違った視覚効果を持ちます。

この「大吉祥」は、大きなノミでざくざくと大胆に刻み込むリズムが軽快で、凸字には高さがあります。筆意がより表れているように見えるので不思議です。凹凸の境界の処理は、一貫した線質を表現する上でとても難しい技術ですが、どこを見ても抜け目を感じません。

文字表現は泥の壁に刻したのが始まりといわれます。私たちには本能的に刻字に親しみを持つ感性があるようです。当館では峰雲のご息女で書家の香川倫子先生より、新たに峰雲の作品51点をご寄贈いただきました。今後の展覧会でご紹介しますので、ぜひご注目ください。

新しい年が皆様にとって良い年でありますように。(学芸員 谷本真里)