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ダービーを制して、思う

レイソルコラム

 2月9日、フクダ電子アリーナ(千葉県千葉市)で開催された「第29回ちばぎんカップ」ー。柏レイソル(J1)とジェフ千葉(J2)が対戦した。

 恒例の「千葉ダービーマッチ」だが、共に15日のリーグ開幕戦を控える両クラブにとっては貴重な実戦であり、最終調整の機会であるこの大会。

 毎年、「『ちばぎんカップ』に勝った方が云々、負けた方が云々」なんてジンクスも語られてきた大会でもあるのだが、この日の「3ー0」という結果はそのジンクス上においてはややナンセンスなのかもしれない。彼らはそれぞれ戦うリーグカテゴリーが違う点もあるし、そもそもピーク設定はクラブによって異なるものということを29回もの歴史を誇るこのダービーマッチの中で学んできたつもりだ。

 …だとしても、そうとは知りながらも、そのつもりであっても、この日レイソルが披露した戦いは、そのクオリティーやインパクト、結果も素晴らしいものだった。

 なんせ、先制ゴールは4分。MF小屋松知哉の美技から生まれたからだ。

 試合前にはDF表記でのスタメン発表となり、淡い驚きを与えてくれた小屋松ではあったが、スタートポジションは左サイド。サイドラインいっぱいにポジショニングを取っていた。「自分の認識としては『左のウイング』だと思っている」という小屋松はピッチを滑るような独特なランニングからボールを収めて、対峙した相手DFと駆け引きしながら右足からゴールを奪った。

 「気に入っていますね。中盤のエリアで隼斗くんと上手く相手を剥がすことができたので、自分からはしっかりと『ゴールへの道』が見えていました。少し中へ行き過ぎたドリブルのコースも少し調整して、イメージ通りゴールをできたと思いますし、自分の強みである、『仕掛け』ですとか、『ワイドでの仕事』を意識しています。だから、『ウイングバック』というより、『ウイング』ですね」

 とにかくドリブルで勝ちまくった。左サイドでの主導権を握り仕掛けて、柔らかいチャンスボールを放ち続けていた小屋松に「居心地が良さそうだ」と伝えると、「そうですか(笑)」と微笑んだ。

 彼は今まで「我慢をしてくれていた選手」だ。これだけ秀でた能力を持ちながら、まず求められていたのは「守備」。しかも、常に局地的なハイ・インテンシティを含み、その回数はかなりのものだったが、チームのために我慢した。「守備よりも数字を求められることは分かっている」としながらも遮二無二な仕事をこなし続けた。守備も組み立てのひと役もこなせるが故、本来の姿へ費やせるパワーやプレータイムの管理は困難を極めていた印象があった。

 小屋松へ「今日のような『左ウイング』の作業に集中できれば…」、そんな気持ちを伝えると、頷きながらこう続けた。

 「今はボールを運んでくれる選手たちが揃っていて、自分は仕掛けにパワーを使える。それはすごく良いことですし、そこは今までとだいぶ違う部分ですね。今年は『攻撃的なサッカーを』ということもありますが、この数年間、ボールポゼッションに関する声掛けをチーム内でしてきたつもりですし、そのあたりをより良く表現する監督が来てくれたことは今後のレイソルにとってとても良いことだと思う」

 攻撃への感覚が研ぎ澄まされ、足枷を振り払って前へ進んで行ったご褒美に預かったのは41分。小屋松の足下へと向かってきたシュートの跳ね返りを沈めて2ゴール目。後半にもハットトリックを狙えたシーンもあったように思うが、チームメイトへパスを放ったあたりもまた良しだった。

 MVPの賞金については「家族やチームのために使いたい」と言っていたが、どうか自分のために使って欲しい。だって、元々たくさんのことができる選手。その上に今年はもっと煌めきそうだから。今のうちに使っておいてもおつりが来るさ、もっと価値のあるものを勝ち取れるはずだから。


 全く浮かれることなく、「J1は強度やスピード、技術がもう一段変わってくる。開幕までにもう一度しっかりと上げていきたい」と話した小屋松の後にマイク向けたのはエースの細谷真大。彼のポジションは「FW」なのだろうが、私の中では「エース」としている。


 今季から背番号は「9」に。かと言って、細谷に対して、「何かを、あるいは誰かを、その魂を継いで欲しい」などとは一切思っていない。いっそのこと「細谷なりのレイソルの9番」というものを再定義してくれれば、それでいい。用意された枠の中に収まるな。枠へはたくさんのシュートを入れてくれればそれでいい。


 細谷へ聞きたかったのは「今日の出来と、この新しいサッカーをどう感じている?」ということだった。

 「うーん、『まだまだだな…』という感じ。もうちょっと上げていかなければいけない。また周囲との連携を含めてやっていきたい。後ろから繋いで、徐々に前進するスタイル。自分がタイミング良く中盤へ降りることも、ボールをしっかり落として、また前へ出ていく、それを繰り返す動きも重要になってくる。ゴールも入っているので、楽しいです」

 そうなのだ。新しくなったチームの中で役割そのものを細谷の口ぶりから察するに、ポジションはいわゆる「てっぺん」ー。「ワントップ」を務めることになりそうだ。この日の70分ほどのプレーの中での細谷を見る限り、フラッシュバックしてきたのは昨年に見たカタールでのUー23アジアカップでのパフォーマンスやスタッド・ド・リヨンでの勇ましい姿。どこか「あのチーム」での細谷に似ていた。

 「自分はシステムの『てっぺん』にいることが増えていくと思うのですが、試合の中でサイドや背後へと流れて行っても構わないと監督からも言われていますし、確かに戦い方の近さで言ったら、五輪代表時代のサッカーに近いと思いますね」

 ならば、細谷は惜しくもリヨンの地で幻のゴールとなってしまった「パウ・クバルシの向こう側」への落とし前をつけて欲しいところ。細谷は今後の仕上げをこう話した。

 「自分はもっとハードワークができると思っていますし、プレーの強度だって上げていかなくてはいけない。あとはスプリントも良くしていきたい」

 どんな志向であろうとも、「モダンで攻撃的で美しいサッカー」を支えるに必要なものは細谷が話したこの3つ。どんなにパスの名手がいようとも、この3つが無ければ、自分たちの足下にボールはないし、帰ってこないし、自分たちのゴールを守ることはおろか、ゴールすら奪えない。頼むぞ、エース。


 そんな細谷をこう表現した選手がいた。

 「シュート能力とか得点能力とかスピードとかは言うまでもないと思うんですけど、個人的におもしろいのは、『目に入る』のがすごくいいFWの特徴なんだろうなと思って。『パスを出したくなる』、『出させられるような動き』がある。いいストライカーだと思う。そこにどれだけいいパスを出せるか、いいチャンスを供給できるかというところが個人的な目標の1つであるので、良い取り組みができたら、良い関係が築けたらいいかなと思います」

 MF小泉佳穂である。様々な猛者たちと戦ってきた彼にそう言わせた価値を示して欲しいし、「良い関係」にも期待したい。


 小泉はまるでレイソルのプロモムービーのようなこの日の試合の中で際立っていた選手のひとり。

 アップテンポで迫力があった。明らかに蹂躙した時間帯もあった。その中心に彼はいた。

 その賑やかなピッチ内で漂う小泉を観察していると、あやうくボールを追った久保藤次郎と接触しそうになった。

「なんで、いつもフリー?」

「今度はそのアングルでそっちの足?さっきはあっちだったのに?」

「なんで、いつの間に『ポケット』にいるんですか?」

「うーん!ここでパス!ムイ・ビエン!」

「ポストに当てちゃうあたり、すごく良い」

そうやってカメラ越しに観察しながらの約70分。

気になったことがあった。

 例えるなら、「良くも悪くもプロモムービー的なポジティヴなインパクト。気をつけるのは、やり過ぎからの肉体的ダメージと相手のスパイクの裏」だった試合の中で、小泉に聞いておきたかったのは、「チーム状態と今日の感触。この出来を真に受けて良いのか?」だった。チームバスの出発が迫る寸前まで小泉を待った。

 何故なら、日々の取材の中での小泉を観察していると、ひとつひとつの質問やコミュニケーションに対して、思考を高速回転させて対応する姿を見てきたから。その風情は「アスリート」というよりも、「研究者」か、あるいは「指揮者」といった風情。確かに数式が羅列された大きめの黒板や燕尾服、タクトが似合いそうな人だ。

だから、待った。

すると、答えが返ってきた。

その視線は何かを探すように上下左右した、また、時折何かを掴むように鋭くなった。

 「目指してるところをしっかり再確認できて、共通認識が取れていることがわかったので、そういう意味ではすごくポジティブな内容だったかなと思う一方、こんなに『素直にやられてくれる相手』ばっかりじゃないとも思うので、いろんなやり方や対策があると思うので、それに対して、どれだけチームの中でゲームプランのところだったり、相手のやり方に対しての対応策だったりを、全員で共通認識を持って『チームとしての引き出し』を増やせるか。シーズンでいろんなチームと戦うので、重要になってくると思うので、そこもみんなで話せてると思うので、ポジティブだとは思います」

付け加えのいらない回答。

そして、最後は「開幕へ向けて、チームとご自身について」ー。

 「チームの目指してるところを理解してるつもりですし、それを体現できるところがあると思うので、そこは続けていきたいし、もっともっとチームとしての『習熟度』を高めていけたらいいと思います。個人としては課題たくさんなんで、一個一個潰して、一個一個昇って、それを続けていって、『大きな階段』を昇れたらいいと思います」


「習熟」ー。

いい言葉だ。

「ある物事に慣れて十分に会得すること」ー。

この考えがある限り、このチームはもっと良くなる。

そして、私は小泉への取材を「ゼミ」と呼ぶことにした。

さあ、始めよう。もっと知りたいことがある。もっと見たい景色がある。しっかりと足を踏み締めて、上へ。

(写真・文=神宮克典)