9月・8差・3位からのオピニオン ー秋野央樹と田中隼人

レイソルコラム

 9月7日、快晴のIAI日本平スタジアム。清水エスパルス対V・ファーレン長崎へ足を運んだ。

 2024年のJ2リーグも終盤戦。2位の清水が昇格プレーオフの3位の長崎を迎え討つというシチュエーション。ただ、この試合を迎える時点での清水と長崎の勝点差は「8」となっていた。順位表を見渡せば、ベガルタ仙台やファジアーノ岡山、レノファ山口が迫ってきており、順調に勝点を積み重ねていた今季中盤戦までの様相とは大きく異なる終盤戦を迎えている。

 立ち上がりから清水にとっての頭痛の種となっていたのがMFマテウス・ジェズス。約10kgの減量を敢行して、長崎はおろかJ2リーグ屈指の外国人選手となったブラジル人が均衡を破って先制。長崎リードで後半へ臨んだが、清水の見事な速攻からのゴールが生まれて1ー1。最後まで撃ち合うレベルの高い一戦だったが、結果的に勝点1を分け合った。

 巧みな技術でピッチの中央で試合をコントロールするだけでなく、強い意思表示でチームを引っ張るキャプテンのMF秋野央樹はこの一戦とチームの今をこう振り返る。感情と考えを整理するように、「うーん…」と間を取ってから慎重に口を開いた。


 「自分たちがやっていることについては首位争いをしていた時期とは大きく変わってはいないんです。変わってはいないけど、以前との違いは、今までなら決めていたシュートを決められていなかったり、自陣のゴール前で今まで防げていたシュートに対して体を張れていなかったり、両局目での『際』のところ。そこが一番の違いなのかなと。リードをしていても、『勝ちたい』という気持ちが強過ぎて、受け身に回ってしまう。今までならボールを奪いにいけていた場面でもスペースを空けたくないばかりに重心が後ろに重くなり、相手の進入を許してしまう。その繰り返しをしている気がしています」

 立ち上がりの清水の圧力になんとか対応すると、いくつかの決定機はあった。M・ジェズスのゴールはその1つ。後半に清水MF乾貴士の進入を許して見事な同点ゴールを喫するわけだが、前半の決定機と失点シーンの印象は拭えなかった。

 

「あの失点の場面はまさに『際』だったと思います。まずボールの失い方が良くないことがあり、そこからボールを運ばれているところでも、自分たちにはもっとできることがあった。ピンチになった時の冷静な判断はチームの課題として残ってしまった。普段の練習も良い練習ができている。多少、ケガ人が出ていて選手が少し足りていないという点はありますけど、そこは言い訳にはできないし、選手たちがカバーしていくしかない。今は自信を持って試合に臨むことだと思う」

 確かにスタメンを見渡してみても、少し前とは違う名前がちらほらとある。その代表的な変化として挙げられるのは中村慶太の「ゼロトップ」起用か。

 清水の乾と共に、中村も卓越した技術や感覚をベースにどこか違う次元でプレーしていた印象がある。FWとして清水DF高橋祐治を背負ったと思えば、中盤から見事な配球を見せて、戦況を一変させていたあたりはさすがの一言。このようなシステムに造詣の深い下平隆宏監督らしいアイデアであった。

 秋野は中村へ期待を寄せる。

 「色々な場所で常に『違い』を生み出してくれますし、作り出してくれる選手ということに間違いないので、『できるだけ気持ち良くプレーしてもらえるように』と思っていますよ。気持ち良くプレーさえしてくれたら、必ずチームに良い効果が生まれますからね。自由にやってくれたらそれでいい。自分は後方からしっかりと支えていきたいと思っています」

 この清水戦を終えて、長崎に残されたリーグ戦は8試合。この日のドローを受けて勝点差も8。この2つの「8」という数字をどのように捉えていくのかは気になった。

 「残り試合も清水との勝点差も『8』という状況。今日の結果次第では考え方を変える必要もありましたけど、清水は残り試合が1つ多いとはいえ、この差はひっくり返すことができない差だとは思っていないんで。自分としては『自動昇格を諦めたくない』というのが正直な気持ち。やはり、自動昇格のチャンスがある限りは。チーム状態も『どん底』は抜けたと思うし、状態は上を向いていくだけだし、このリーグは最後まで何が起こるか分からないので」

 昨年の今頃はどうにもならない気持ちと向き合うことしかできなかった秋野がピッチ上で自分自身の価値を再び証明するシーズンはまだもう少し続いていく。2度目の「J1昇格」というゴールテープを切るだけではなく、クラブにとっても未知の大きなステージが用意されている。諦めたくない気持ちは理解できる。

 「まず、個人的な事情はここでは置いておきたい。それよりもクラブがビッグプロジェクトを自分たちに課してくれている。その気持ちに自分たちは応えたい。今はその気持ちが強い。あのスタジアムに相応しいリーグはやはり1番上のリーグ。自分たちもそこでプレーをしていきたい。その思いをプレッシャーとせずに戦えたらいいなと。以前のチームならプレッシャーになっていたかもしれない。でも、あの素晴らしいスタジアムを実際に見て、自分たちの気持ち的にも変わってきた。前向きな力があります」

 今季の秋野に注目をしてだいぶ経つ。心技体が整い、トップフォームを取り戻しているし、人としての魅力も増した。昔から愛らしい人だが、責任感が強くて正直者。だから、「諦めたくない」と口にした際に感じた間合いと力強さは心の声だと察しがつく。そろそろ「いつか見た良い景色」を見て欲しい、そう思わせてくれる特別な選手だ。

 開幕から30試合を超える公式戦に出場して多くの経験を体に染み込ませている田中隼人も田中も秋野と同じ言葉を口にしていた。

 

 「自分たちの戦い方は大きく変わっていないので、しばらくは『よく分からない、なんでだろう?』と感じていました」

 7月に甲府で会った時と順位は変動した。2位・清水の背中はやや霞んではいる。背後からは長らく聞こえてこなかった足音も…そんな9月を迎え、ここまでの出場試合もプレータイムも移動距離もキャリアハイとなっている。プレー成功の数、また勝利の数もキャリアハイ。

 きっと誰も言わないだろうが、ミスもデュエルの敗北や失った勝点、失点関与もキャリアハイだ。だが、どれもなかなか手に入れられない経験ばかりだ。

 「さすがに今までに感じたことのない疲労感を感じています。『こんな感じを繰り返してきたんだ。すごいな、鉄人・古賀太陽さんは…』という気持ちです。体もそうですし、もっと周りに求めながら戦っていく必要があるなと感じています。だから、チームにも監督にも自分が試合の中で感じた意見や要求を積極的に伝えているところです。コミュニケーションについては問題ない。自分とチーム、それぞれの良さを監督は活かしてくれているので、あとは結果だけなんです」

 この日もミスはあった。VARが介入していたら冷や汗どころではない場面もあるにはあった。その一方でポケット付近での素早く力強い対応も見せるなどのパフォーマンスは印象的だった。

 「ボールへの反応は良くなっているとは思います。以前はもっと棒立ちになっていたかもしれないです。感覚的に試合に入れているし、集中もできている。昨年から『もう少しどっしりとしているべき』とタニさん(大谷秀和コーチ)や太陽くんから言われていた。若くて体力があるから、動けてしまう分、余計なスペースを作ってしまったりもしたので。長崎へ来るにあたり、『どっしりとやっていこう』という考えはありました。『どっしりと構えて守ること、最後の最後にボールへアタック。大事な場面では走る』というシンプルな感覚でやれている気はします」


 ある試合ではここまでのサッカー人生で何万回と蹴ってきたパスを相手に奪われて、そのまま失点。1人の記者としてハイライトを見た時、「この場にいたら何て声を掛けるべきか」を考えてしまうほどのインパクトがあった。

 「あの山形でのパスは自分のミスとして受けて入れていますし、監督からは『このサッカーをしていれば、いつかは出てくるミスだから。隼人のあのパスが無くなってしまう方が怖いよ』と言ってもらえた。確かにあのパスは『自分のプレー』だと思う。1度ミスをしてしまい、あのパスが無くしたら、自分の価値は変わってきてしまうと思うので」

 だが、きっと大丈夫だ。

 過去にはもっと大きな舞台、国際試合の舞台で相手にボールをプレゼントしてしまったDFを私は知っているが、今や彼はリーグでも稀有な価値を持つCBとなって、相手が仕掛ける罠をあざ笑う駆け引きを楽しんでいるし、彼は今もDFラインから「金を取れるパス」を放ち続けている。

 そもそも、結果に対して、ミスに対して、誰かの責任にしてしまったり、「当て擦り」をすることを許さない田中の振る舞いが、今回は励ましになって返ってきたとでもいうべきか。田中を責める言葉などは一切なかったという。これは「信頼」と言い換えた方が正しいか。

 「あの後にも『あのパスが無ければ、隼人でなくなってしまう』と秋野くんから言ってもらえた。慶太くんやチームメイトからは『試合に出続けでいれば、必ずミスは出る。1年間良いシーズンなんてないから』とも言ってもらえた。本当に色々な経験をさせてもらえているし、実戦を数多く経験をしたから理解できる言葉や感覚はあるので、長崎へ来る前に想像していたよりも良い時間を過ごせています。試合に勝っても負けても、得るものはあるし。どんな形でも試合にも出られているので」

 今季の田中に起こること全てが「必要な経験」である以上は「絶対に必要なパスミス」だった。

 付け加えれば、これまでの田中は見ている側が唖然とするような失敗をしてこなかったタイプの選手。

 ならば、あの経験を良いものとすればいい。だいたいCBの守備局面はミスから始まるもの。優位性は相手ボールホルダーにある状態から始まるものだし、全てのピンチを詰めやしないんだ。やられたら、また立ち上がり、もがいてみろ。そして、やり返せ。

 きっと、あの夜は悶々とした感情を少しの間抱えていたかもしれないが、お気に入りのアロマを焚いて、ベッドにミストを降って、次の試合へ気持ちを切り替えて休息を取ったことだろう。

 この日も清水のゴールシーンでは助演俳優となってしまったが、あの「2対1」は今後の田中を占うワンプレーだったと私は思っている。

 次に同様のシーンが来て、見事にボールをかっさらう可能性も、相手の足を削ってしまう可能性も、再びゴールを許す可能性も今はまだイーブン。あの記憶や経験はまた田中を強くするはず。次が資金石となるだろう。

 そして、もう「次」は来る。少なくとも、あと8回やってくる。

 「勝点差は少し開いてしまってはいるけど、秋野くんと同じく諦めるつもりはありませんし、自動昇格を狙ってという気持ちに変わりはありません。課題を修正できる時間はまだありますし、しっかりと修正して、残り試合をしっかりと戦って、1つ1つを勝っていきたい。自分も全ての試合に出て、チームに貢献していきたい…うん、全部勝ちたいです」

 勝利は常に結構。敗戦もミスもいいじゃないか。順位争いも昇格を賭けたシーズンを過ごすことだって素晴らしい。

 

 田中は長崎では「主力選手」かもしれないが、「預かってもらう」という形でようやく初めてフルシーズンを戦う選手。継続的に「常に試合が控えている」という今季の経験は何にも代え難い。良い時間を経て陥った停滞期。そして、迎える最終コーナー。くよくよと立ち止まってはいられない。「試合に出続ける」、「経験を積む」ということはそういうこと。だとしたら、田中は良くやっているし、どこかスマートに長崎の目標達成に貢献してシーズンを終えるよりも良いストーリーの中にいるとすら思っている。

 そして、今季の田中がそうであるように、共に世界を目指した仲間たちもまた新たなフェーズを迎えているが、今はそれぞれのスピードでそれぞれの目的地を目指す時期。田中にも焦りはない。

 「高井幸大(川崎)のA代表デビューは…まぁ、ビックリはしましたけどね。タイプ的にマイペースなところがありますけど、プレーの判断が素晴らしい選手なのは自分がよく知っている。そこまで驚いてはいませんし、新しいステップを踏んでいるチェイス・アンリ(シュツットガルト)のことだって自分の頭の中にはあります。だけど、自分は自分で、自分のことに集中していて、『自分は2人に遅れをとっている』だなんて思ってはいないですし、『自分だって試合に出ているよ』と今は自信を持って言えますよ。今はまだ長崎でやることがたくさんあるので、まずは長崎のために集中するだけ。もちろん、『いつかまた』とは思っています。そこは必ずね」

 チームや経験、人々にも恵まれた。その恩返しという経験が求められる季節がやってくる。ただ、この先は積み上げてきたことがものを言うはず。ラスト8試合、「田中は良くやっている」以上の力を付けたのかどうか。それらを確認するにはいい頃だ。

(写真・文=神宮克典)