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「友護は今、何してる?- Episode 1 -」

レイソルコラム

 前項では升掛友護の新天地となる国やリーグ、クラブについては触れなかったが、ようやく、公式発表がなされた。升掛はブラジル3部リーグのマリンガFC(Maringá Futebol Clube)に加入した。

 プレスリリースから加入手続きが長引いてしまったのは新年を跨いだ移籍だったからという点と「お国柄」といったところか。

 このマリンガFCはパラナ州マリンガ市のサッカークラブ。一度聞いたら、さらにもう一度言いたくなる自治体名だが、ウィキペディアによると、「パラナ州で3番目の都市。日系ブラジルの拠点」、「兵庫県加古川市とは姉妹都市」とある。

 そんな街に居を構えた升掛に新天地をプレゼンテーションしてもらった。

 「今回加入したマリンガFCは3部のクラブですけど、ブラジルですからね。選手はみんなレベルが高いです。テクニックでは渡り合える気はしていても、プレー全体のインテンシティがすごく高い。サヴィオやブラジル人選手たちが見せている瞬間的なインテンシティはこういう場所で養われたんだなって思いましたね。リーグ全体もそうですし、日々の練習から、かなり強烈にきますから、ケガに注意しつつです。前線やサイドには個性的な選手もいるあたりもブラジルっぽいです。足元の技や本能的でフィジカルを活かした選手やプレーが多いけど、『違い』を持っている選手もちゃんといて、彼はかなり期待をされている。あとは試合に懸ける熱量だったり、スタジアム内の雰囲気もすごいものがあるなと感じました。日本とはロッカールームから違いますし、3部ではありますけど、サポーターの熱量もすごくて、日本とまた違う形で『味方だぞ!』という感じですが、その熱量の分、負けたらサポーターからの強烈な批判もありますね。一方で選手たちは生活が懸かっていて…クラブを取り巻く緊張感が違うんです」

 正直言って、聞いたことがないクラブだったが、インスタグラムやプレーシーンなどを見ると、やはりそこはブラジル。ただのリーグではない。さすがにまだ詳しくは知らないものの、情熱と野心に満ちた選手たちの姿は印象的だった。ブラジルの3部リーグとはどんなリーグなのだろうか、地球の裏側からのプレゼンは続く。

 「今、マリンガは2部昇格を狙っているし、現実的に求められているクラブ。3部とはいっても、レベル的にはJ1リーグとなんら違いはないと感じていますし、2部へ昇格すると、さらにレベルが上がるので、必ず昇格したいです。さらに1部となると、未体験レベルのリーグになるみたいです。待遇もかなり良くなるみたい。最近、ネイマールがサウジからサントスFCへ帰って来たので、絶対にサントスとやりたいですね(笑)。でも、3部から降格してしまうとかなり厳しいと聞きました。レベル云々というより環境や移動、チーム数も含めて過酷なリーグらしいです」

 ブラジルサッカーの裾野、その凄まじさたるや…といった風情。升掛のプレゼンからもその裾野の具合を学ぶことができた。

 昨年末、日本国内からの話をもらいながらも、選んだのはブラジルのマリンガ。自分の中にあった「海外で!」との思いに素直に従って現在に至るわけだが、升掛は決断や背景についてこう話してくれた。

 「ずっとマリンガ側は『完全移籍での加入』にこだわってくれていたんです。世界中で日本人選手の評価が上がっているので、マリンガも日本人の獲得に関心があったようです。そこで自分にオファーが舞い込んできた、そんな感じです。きっと、日本人選手を育成して、ビジネスをしたいという考えもあるのだと思います。自分もブラジルからこの先がどうなっていくのかは楽しみです。『いつか海外で!』とずっと思っていた気持ちもありますし、『自分のことを誰も知らない場所で新しい刺激を感じてみたかった』という気持ちもこの決断に大きく影響しています。敢えて難しい方を選択してでも、サッカー選手である前の、1人の人間として成長していきたいです」

 いわゆる、「いいヤツ」で「かわちい」という升掛のキャラの前に、1人の選手として持っているものは明らかに優れている上に、根っからの海外志向があり、そんな彼にどんな形であれ、オファーが届いた以上、止まらない気持ちは理解できる。羨ましいくらいである。

 言われてみれば、升掛のルーキーイヤーに「好きな選手っている?アイドルというか…」と話をした際、「自分はそんなたくさんいないんですけど、分かりますかね?ブラジル代表だったルーカス…ルーカス・モウラなんですけど」という話をしたことがある。

 やれ「そこはやっぱりクリロナでしょ。あと、ベンゼマ」、やれ「ラポルトや中山雄太さん」、「やっぱり、遠藤航選手ですね」などと即答してみせる同期たちに比べて、かなりマニアックな解答だったことはすごく憶えている。

 ルーカス・モウラ、重心の低いドリブルからなんでもできた選手。粘り強く勝負強く、戦えるドリブラーだった。トッテナム時代にアヤックス・アムステルダムを1人で粉砕した試合は良く憶えている。ただそれだけで「ブラジルとの縁」とは言い過ぎかもだし、「いつかブラジルリーグへ行って!」とまでは話していなかっただけに、なんとも興味深いマッチングだった。

 升掛は「レイソル関係だと、酒井宏樹さんと…武富孝介さんが若い頃にこっちへ来たんですよね(※2009年モジミリンECへ留学)?Jリーグでも神戸の佐々木大樹選手以来かもしれないですよね、自分もがんばらないと!」というが、彼らはそれぞれプロサッカー選手としての礎を築くに至ったが、当時のステータスは期限付き移籍だった。完全移籍の升掛は自分の未来を自分で切り拓かなくてはならない点で彼らとやや異なる。

 そして、話題は契約についての少し踏み込んだ領域へと。

 「例えば、契約に関するところで云えば、昨年までの方が間違いなく良い条件です。ブラジル3部ではともかく、今までの半分くらいだと思ってください(笑)。今はまだ『ルーキーか2年目の給料』ってところですけど、こっちは契約更新のスパンが日本と違って、選手の状況によってシーズン中でも更新を行うんです。試合出場数に応じてアップしていく形とか他にも様々な形があるようです。『給料』って話をすれば、下がった形ではありますけど、1度しかないキャリアですからね」

 逆に言えば、クラブの金庫次第では契約の更新条項が迫るタイミングで「何故か使ってもらえない」なんてことも起こりうるのかもしれないが、そこはピッチ内外での結果やフィット次第かもしれない。

 「面白いですよ、ブラジル」

 そう切り出した升掛からはピッチ内外でのエピソードが飛んでくる。

「フィジカルが強く、本能的な選手がたくさんいる中、もちろん優れた選手もたくさんいます。ブラジルですからね。こっちは練習や試合でも近いパスが浮いたりズレたりなんですけど、パスを受ける側が浮いたりズレたボールをピタッと止められるし、多少アバウトでも思いっきりシュートに持っていけたりする。そこは当たり前なので慣れていかないと。細身なんだけど、ナチュラルにフィジカルが違うんで、筋トレの重さも全然違いますしね」

 練習場で飛び込んでくる風景もやはり独特だという。

 「練習時間が迫っても、グラウンドに誰もいないんで!レイソルだったら、10分とか15分前にはみんなグラウンドにいましたよね?ジムでしっかりと準備をしてから。こっちでは自分だけ、1人で静かにジムで体を動かしてるんです(笑)。何をしているか見に行くと…みんな、コーヒーを飲んでましたから!選手だけでなく、スタッフも!だから、いつものんびりと集まってから練習が始まりますからね。開始時間に誰もいない(笑)。マリンガの文化とはいえ、『いきなり、ウォームアップ無しかよ…』と驚きました。練習が始まれば、激しくて、誰もプレーを止めないし、ファールもないっす。でも、少しボールを蹴ってから、いきなりガツッとやってくるんで、気持ちの切り替えや強度はすごいです」

 そんな国のサッカーの中で升掛は何で勝負する?升掛が最も得意とする左サイドMFはブラジルで生まれたようなもの。花形選手が永遠に生まれてくるポジションでもある。

 「自分はドリブルやパスって部分も大切にしていますけど、自分の特長でもある守備での貢献を見せていくことも大切だなって思っています。あとは日本人選手らしい丁寧なプレーですかね。特にドリブルは良いアピールができているんですが、自分のポジションにめちゃくちゃ上手い選手がいるのも刺激的です」

 極めて人懐っこい升掛のことだ、いずれチームメイトたちとチルタイムを過ごすことになるのだろうが、各種のカルチャーショックを受けつつも、「みんな良くしてくれますよ。加入してすぐにBBQへ誘ってくれましたし、若い選手たちは面白がってくれてます」と笑いながら今を楽しんでいるが、やはり直面した、こんな悩みも教えてくれた。

 「それからやはり、問題は自分担当の通訳さん!…付いてもらいたいんですが、チームもがんばってくれていますけど、今のところ全くアテがないんです。サンパウロとか都市部だと見つかるかもなんですけどね、こっちでは少し難しいみたいですね。早くも『日本ではあまりにも恵まれ過ぎていた』って思いましたけど、がんばってみますよ。Jリーグの良さを知ってからこっちへ来た身としては、衝撃もたくさんありますけど、たくさんのことを経験して、たくさん知って、今後の人生のプラスにしたいなって思っています」

 私も有名な発明家のような名をしたトライリンガル使いの陽気な日系ブラジル人通訳者を知っているが、彼は日本の柏市を離れるつもりはなさそうだから、残念ながら升掛の力にはなれなかった。

 目の前の物事の全てが何かに描いたように順調に進まないのは国内でも国外でも変わらない。進まない時は遅々として進まないし、何事もなかったかのように視界が開けることもよくあるものだから、いつも通りニコニコしておくといい。

 また、ピッチを離れた自分時間の中でも、目を細めてしまうカルチャーショックがあったようだ。

 「街の物価も家賃も全く違うんでやっていけそうですね。こっちでの家賃は『日本の一人暮らし』程度なんですけどね…一軒家なんです、しかも、ちょっと広めの!ビックリしました(笑)。そんなに使わないし、こんなにいらないんですよ。5部屋は余っていて、今のところ、部屋を持て余している状態なんです!『どうしよう』って感じです。あと、虫。今は日々、デカいゴキブリと戦っています」

 早くも次回のレポートを心待ちにしている自分がいる。

 例えば、こんな話のアングルも悪くない。

 「ある時にふと思ったんですよ。ゴキブリを退治していて。『いつも、こいつらはすばしっこくて、しぶといな。あきらめないな』って。だから、『オレも負けないぞ』って」

ただ、升掛に言えるのは、「見ていること・アンテナに触れたこと・そこから思ったこと」…言い換えれば、「感受性」が実にユニーク。知っていたこととはいえ、この先がまた楽しみだ。

(写真・文=神宮克典)