石飛博光作「富士山」《書の力 第1回》

書の力

成田山書道美術館

平成23年(2011)、毎日芸術院賞を受賞した石飛博光(1941~)先生の作品「富士山」。古稀の個展に出品された縦2㍍40㌢×横16㍍にもなる超大作です。草野心平の詩「富士山日本の未来におくる…」と始まるこの作品が生まれた背景には、その年の3月11日に起きた東日本大震災がありました。

震災から数週間後、新幹線の車窓から快晴の空にくっきりと高くそびえ立つ富士山を眺め、その堂々たる姿と凛とした稜線に心打たれ制作に取り掛かかったという石飛先生。このような大作は制作するための大会場を用意して仕上げますが、震災の影響で予定していた会場が節電で閉鎖。最後の仕上げの時期に困難が待ち受けていましたが別の会場を探してなんとか完成に至ったといいます。

それまでにイメージをふくらませて構想をかため、3×8尺の紙を18枚つなぎ合わせた大紙面に2本の大筆を束ねて巧みに操り一気に書き上げました。

復興を願う気持ちが原動力となり、震災の恐怖から逃れようとするかのように、何枚も無我夢中で書いたといいます。「墨の飛沫も滲みも筆の捻れも、割れもかまわない」という気持ちの高まりが書から伝わってきます。

終盤にかけて特に大きな文字で書かれた「ギーンたる。不尽の肉体」「大精神」の文字のスケールの大きさと勢いに圧倒されます。人間の大切な命とその精神を未来へのメッセージとして届けたかったのでしょう。

筆で書かれた文字には作家の心の中に秘めた強い感情が込められています。先の見えない新型コロナウイルスに直面し不安な日々を過ごす私たちに、未来を切り拓くためのエールを送ってくれているようです。(学芸員・田村彩華)。

*  *  *

今月から1年間、成田山新勝寺境内にある成田山書道美術館所蔵の書作品を、私たち学芸員が紹介しながら肉筆の持つ独特の魅力に迫り、皆さんに癒しと元気をお届けしたいと思います。

【作品】

石飛博光「富士山」平成23年毎日芸術賞 紙本墨書 一面 240.0×1653.0㌢

【釈文】

富士山 日本の未来におくる 作品第参

劫初(ごうしょ)からの。

何億のひるや黒い夜。

大きな時間のガランドウに重たく坐る大肉体。

ああ自分は。

幾度も幾度もの対陣から。

ささやかながら小さな歌を歌ってきた。

しかもその讃嘆(さんたん)の遙かとおくに。

遙かとおくに。

ギーンたる。

不尽の肉体。

厲(はげ)しい白い大精神。

草野心平詩。博光。