白井永地との出会いは柏レイソルアカデミーだった。
10代の頃はやや人見知り。言葉もぶっきらぼうで、すぐに取材の場を去りたがる若者。
まあ、それはしょうがない。よくある話だ。
頭の中で過去の記憶が美しく再現されてしまうものだとしても、白井はピッチでは技術巧みな他の選手たちの倍走っている印象を与える選手。もちろん、非凡な技術だって備えていたが、チックタックと秒針を動かしながら相手ゴールへ進み続けたチームにあっては稀有な選手の1人だったし、節目で貴重なゴールを決める選手だった。
白井とは日立台の人工芝グラウンドで出会いながら、いわゆる「アカデミーっ子」の文脈の中に白井を置いていない。あの当時の秋野央樹(長崎)や中谷進之介(G大阪)、中山雄太(前ハダースフィールド)といった選手たちを「本流」とすれば、白井はそのやや外側にいた選手だったし、その後の「叩き上げ」的キャリア形成もあるが、どこか違った目線で白井のこの数年を追ってきたつもりだ。
だから、アカデミー時代に打ち立てた、いくつかの偉業をここに並べるよりも、水戸ホーリーホックからファジアーノ岡山を経て、徳島ヴォルティスというキャリアの中で常に必要とされてきたことはまず特筆すべき事実。2014年から300試合を超える出場経験や頻度は「鉄人・古賀太陽クラス」、そう言っても過言ではない。
白井は徳島時代の昨年、とあるJ2の会場で顔を合わせた際にはこんな話をしてくれた。
「今のJ2は…カオスなんで(笑)。リーグ全体で戦い方が色々あり過ぎるんです。ある程度同じ戦術で戦うクラブが無いに近いから、対策や準備に時間を掛けられない。クラブも全国にあって、移動距離もすごいですし。今はレイソルがいた頃みたいにビシッと戦力を整えるという形だけで簡単に勝てる時代ではない。本当に難しいリーグになっているんです。ここは簡単じゃない」
どんなJ2マニアよりも重みのある「ベテラン」の言葉を前に、「だから、行きたくないね…」と返すことしかできなかった。
いつ、どんなスタジアムで取材や会話をしたとしても、最後のやりとりは決まっていた。
「レイソル(のオファー)はまだですか(笑)?」
何年か経つうち、こちらから、「レイソルはまだかね?そろそろ?」と話しかけたことだって1度や2度ではない。
何故なら、様々なサッカーに触れ、走ることやパスを放ち、受けること、走りたい自分を抑え、ポジショナルな戦術要求にも応えられる選手にもなった。「心技体」も整い、1人のMFとして完全に仕上がっていたからだ。
このまま豊かな引き出しを武器に「J2の主」として君臨する姿も尊敬に値したが、そんな選手をレイソル強化部が見逃すはずもなく、数年に渡って白井を追っていたという。
笑い話にしながらも、白井は健気にレイソルを待っていた。
あとはタイミングだけだった。そして、2023年暮れにタイミングが合い、帰ってきた。
白井は2024シーズンの開幕前、柏市民文化会館の楽屋、あるいは日立台での練習後にこんな話をしてくれた。
「自分は柏レイソルでプレーする権利や資格というものを得るまでに10年掛かった選手。いつも目の前の試合を『この試合が最後』という気持ちでやってきましたし、たくさんの方々のおかげでここにいられる選手でもある。お世話になった方々やサポーターに喜んでもらえるのかどうかは自分次第だと思っている」
多少の時間は掛かったが、白井は今、レイソルにいる。ストーリー的には2010年代中頃にあった輪湖直樹や太田徹郎のレイソル復帰を思わせるし、復帰した以上は彼らと同じように、あるいはそれ以上の貢献も求められる。
そこである日の練習後、「今季のここまでの自分をどう見ているのだろうか?」と白井に尋ねた。
「自分にとっては初めての『J1リーグ』。その挑戦をレイソルで始められたというシーズン。『1年目から力にならなくては』とここまでやってきた。ありがたいことに今のところ、リーグ戦では全ての試合に出場することができている。開幕直後の数試合とここ数試合では感じることも変わっていますし、できることも増えている。J1の雰囲気やプレー強度に対してもアジャストできていると感じています」
こちらから見ていても、実に白井らしくレイソルにフィットしてみせたと思っている。
元々、10も20もゴールやアシストを記録するタイプではないが、試合の中で、「走って、止めて、蹴って、奪って、また走る」を10回でも20回でも繰り返すことができる「気が利く」選手。
可能な限りコレクティヴにボールを運び、相手ゴール前に4、5人がなだれ込む傾向が強くなる近代サッカーの流れの中で、「ボランチ」や「センターMF」と言われる白井がカバーするエリアは広大だ。その中でFWからのプレッシングに連動し、スペースを監視して、こぼれ球拾い、ボールを運び、または動かして、これらの作業を「黒子」的に行いながらチームにアジャストしていく姿・形はある程度想像できていた。
続いて、「今季はここまで何をしてきて、何を探しているのか?」を尋ねることにした。
「開幕からずっと同じ気持ちでしたが、この後半戦も『チームを勝たせられる仕事』をしていきたい。1つのプレーや1つの選択、チームメイトへのコーチングといった部分でもチームに貢献したいし、1つでも勝利に貢献できるように求められることを続けていきたい。今後は数字も含めた形で意識していかないといけない」
自分がやりたいことを極めるのも結構な話だが、必然的な要求や増えていくセオリーを任せられる選手はそうは多くない。そのタスクの中で、「チームを勝たせられる仕事」を自分に課して、さらに数字を残すと言っている。
6月の数字でいえば、レイソルの相手ペナルティエリア(PA)内でのプレー機会は「137回」でリーグトップというスタッツがある。
だが、6月のリーグ戦でのゴールは「8」ー。
当然、PA内ではプレーが切れることもあるし、PA外へボールを運び、チャンスメイクをやり直すことも相手の反撃に直面することだってある。人数を前方に掛けた分、手薄になるのは守備局面にある選手たちの頭数だ。白井が相手の速攻に蓋をすべく、ボールの行方を追いながら、スペースを消す機会はもっと多かったはず(※6月の走行距離とスプリント回数もレイソルはリーグ上位)。
ボールの行方がある程度定まると、白井は周囲に向けて何かを叫んでいる。確かに叫びながらパスを出す姿もよく目にする。野暮ながら、その意図を尋ねると白井はこう話してくれた。
「結果が出ている時もそうでない時もチーム内の雰囲気に気を配っているつもり。結果が出ている時というのはポジティブに捉えることができるし、自分たちがやるべきことを自信を持ってやれている。結果が出ていない時はやっていることに自信を持てないことがあるのが人間ってものですが、井原(正巳)監督やスタッフ。チームとしては『続けてきたことを続けて、さらに良くしていく』と意識して取り組んでいて、常に話し合っている。少しずつ形にできているものをチームとして武器にしていきたいから」
こうなってくると、もう「取材」というより「誘導尋問」に近い。お分かりの通り、次の質問は「じゃあ、何故それをする?」ー。
「自分の場合は年齢的にも上になるけれど、誰のプロキャリアが長いとかそれぞれの年齢に関係なく、チームを正しい方へ導くことができる意見があるのなら、絶対に耳を傾けていくべきですし、そんなフラットな環境や関係をチーム内に作り出すのが年長者の役割の1つだと思っているから」
レイソルでは1年目かもしれないが、今や文字通りの「10年選手」であり、もう立派な「手練れ」だ。無駄な遠慮はしないし、すべきことを粛々とやっている。あの人見知りだった若者が、今や試合に勝つためなら言うことは言う。
7月のシーズン小休止直前の節目・川崎戦ではCKからJ1初ゴールを決めた白井だが、チームは2-3で敗戦。2点差から同点に追いつくまでの展開は迫力のあるものだったが、結果的に開始4分にあったセットプレーからの失点を喫していた分、やや受け入れ難い形での結末ではあったが、結果的に追いつくことができなかった。
耳が痛い話ではあるだろうが、セットプレーからの失点に関していえば、「ミス」として扱うには多く、続き過ぎている。この小休止で取り組むべき課題は明確な状況だ。
試合後の取材エリアに姿を見せた白井の表情は当然冴えない。
「セットプレーにならないよう、未然に防ぐ必要もあると思うし、ミスや判定はしょうがない部分もある。ただ、セットプレーになってしまった時の空気感は気になっている。そこはメンタリティ1つで変えていくこともできる。今一度、全員が責任や自覚を持って臨む必要がある。サッカーは技術もポジショニングも重要だけど、今は特にメンタリティの部分を強く意識して戦うことも同じように重要だと思う。今日の試合は気後れを感じる場面もあったので」
ゴールへの喜びなど一切なく、一点を見つめながらそう話す眼光は鋭く、取材エリアの仕切りの柵を握り締める力は相当なもの。そして、しばしの間、その場を離れようせず、再び口を開いた。矢印は自分たち。
「前半の失点が多く、チーム全体としても認識を持って試合に入っているし、その為の準備もしていながら、そんな中でもああいう状況が起こってしまう今のチームの流れを作り出してるのは僕ら選手たち。試合によって、『今日は良い入りができた』とか『ああいう試合になってしまった』といった『たら・れば』を無くせるように突き詰めていかないといけない。チーム全体に目を向けて改善しないといけない」
後半戦とはいうが、シーズンも残り4か月程度。順位表の景色もだいぶ変わってしまった。この白井の意見の鋭さはもちろん危機感の表れだった。
そんな折、古賀は白井についてこんな話をしてくれた。まるで私がここまで長々と書いてきたことを整理してくれるかのように。
「昔、自分が見ていた攻撃的な永地くんとは違うポジションでプレーしていても、冷静にJ1に適応しているのは様々なクラブで試合に出続けてきたからこその経験の差なんだと思う。相手や試合の状況を常に把握できていて、今、何を選ぶべきなのかを分かっているし、気が利く選手なので永地くん次第で試合の動かし方が変わってくる。守備の選択も迷いがなくて、『消しどころ』を分かっている。攻撃でも来て欲しいと思うタイミングで、いつもスペースに顔を出してくれる。会話も多いですしね。印象的だったのは勝っている時の試合の終わらせ方。前へ蹴るやり方もあるけれど、『ポジショニング』や『もう一度ボールをしっかり動かそう』という要求をしてくれる。永地くんを見ていると、タイプ的にも感覚的にも自分たちは似ていると思います。一緒にプレーしているとすごく楽ですね」
そう口滑らかに話してから、核心にも迫った。この項の締めは古賀のこの言葉で締めることとしよう。
「観ている人たちに分かりやすく伝わるプレーを得意している選手がダイレクトに評価されるのは分かりますけど、その周囲で支えている選手がいるから成立していることを忘れてはいけない。観ている人たちもそういう選手がいることに気づいて、試合を見てみるだけでも、かなり試合の観え方が変わってくると思うんですけどね。少し見えにくい部分かもですが、そういう選手がいてくれてはじめてチームは成り立つもの。それこそが永地くんという選手の価値だと思っていますし、もっと重宝されるべきだし、もっと評価されるべき選手だと思っています」
そんな話をしているところへふらっと現れたのは白井。「こんな場面でもしっかり顔を出すのか」と感心しながらこの項を終える。
私たちはよく、このような選手の「ありがたみ」についてを忘れてしまう。勝手に陰日向に置いて、気がついた時にだけ賞賛している気がする。そう簡単には見つけられない選手なのに。(写真・文=神宮克典)