狩野 一信(かのうかずのぶ)<1816-1863>江戸時代
成田山書道美術館蔵
幕末にもっぱら仏画を描いて功徳(くどく)を積んだ絵師がいます。近年評価の高まる狩野一信です。増上寺に伝わる「五百羅漢図」百幅(4幅は妻と弟子による補作)を手掛けたことでよく知られます。ここ成田山にも、釈迦堂でおなじみ「五百羅漢像」の下絵をはじめ、「釈迦文殊普賢四天王十大弟子図」(本画)など、安政の本堂の荘厳(しょうごん)(仏堂・仏像などの美しい飾り)のために施された一信の複数の画が伝えられています。
成田山のご尊像に、使者の二童子・矜羯羅(こんがら)と制多迦(せいたか)を描いたこちらの画は、裏側に「嘉永5(1852)年5月、成田山中興10世照阿上人により開眼されたこと」が記されています。一信が想いを込めて精密に不動明王を描き、照阿上人が「開眼」の字をしたためたことで、この仏画に命が吹きこまれたようです。釈迦堂の建立の計画は照阿上人に始まり、実現は次代の照嶽上人に譲っている経緯から、照阿上人が寄進を募るため頒布した画だろうといわれています。
お正月を迎え、当館では十三代目市川團十郎白猿襲名記念「成田屋市川團十郎の書と絵画」を2月12日まで、そして4月には弘法大師ご生誕1250年記念「成田山の美術」を開催し、成田山の歴史をひと続きに回顧します。「成田山の美術」展では、一信の本画やこちら「不動明王図」も公開予定です。それら文化財とともに、成田山ならではの江戸情緒をお楽しみください。(学芸員 谷本真里)