DRリポート 240回
~なんでも食べられること~
日本大学松戸歯学部 衛生学講座教授 有川量崇(かずむね)先生
人生100年時代
人生100年時代が現実となろうとしています。老人福祉法が制定された1963年には、100歳以上の高齢者が全国に153人しかいませんでしたが、2023年には92,139人にもなりました。団塊の世代(1947年~1949年生まれ)が100歳を迎える頃には65万人を超えると推測されています。秦の始皇帝が、不死の薬を探すように命じた布告の書かれた木簡が、発見されたというニュースを見たことがありますが、今の日本はひょっとすると、昔の独裁者からみたら夢の国なのかもしれません。
100歳健診から分かったこと
どんな方々が1世紀も生きるのだろうということは、科学者はもちろんのこと、多くの人が知りたいことの一つだと思います。そこで我々の研究チームで、その辺を追求してみました。1997年に、80歳であった高齢者(1917年生まれ) 608名 に対して、口腔環境や、全身と血液データ、食生活の調査を訪問調査で実施しました。
その方々が生きていれば100歳となった2018年に、国勢調査登録者名簿より対象者の生存を調査し百寿者に対し訪問調査をしました。加えて、亡くなった方々の死亡診断書などの基礎データをもとに、80歳の時点で各評価項目が、その後の寿命にどの程度影響するか生存曲線を作成し、統計分析しました。
その結果、100歳まで生きていた方は12名で、バランスよくなんでも食べられる方々でした。100歳まで生きていらっしゃる方は、豆腐と野菜だけとかではなく、ごはんも魚もお肉も果物もバランスよく食べていました。
また、栄養状態を表している血清アルブミン値は、男女ともに余命に対して有意に影響することが明らかとなりました。男女ともに、栄養状態が一番大事であるということが分かったのです。
また、残っている歯の本数は男性のみ余命に対して有意に影響することが明らかとなりました。特に、80歳であってもこんにゃくを食べられる男性は、長生きをするという結果が得られました。平均寿命が、女性に比べて短い男性は、より咀嚼能力・口の環境が大事であることがわかります。
口腔機能の改善から、介護負担度が減る?
介護施設では、介護負担度が大変だとよく耳にします。そこで千葉県歯科医師会8029事業で、我々は、口腔機能を向上させることによって、介護負担度はどうなるか調べてみました。対象者は高齢者施設にいる高齢者で、口腔機能訓練群(ガム咀嚼を2カ月間1日3回噛んだ高齢者)と対照群(ガムを2カ月間噛まない高齢者)に分類しました。
その結果、口腔機能訓練群は口腔機能が向上したのは当然ですが、食事に対する変化としては、「食事が待ち遠しくなった」「食欲が出てきた」という、要介護高齢者本人にとって、うれしい結果になりました。
また、それだけではなく、介護する側、介護者の評価では、「要介護高齢者との意思の疎通がとりやすくなった」という意見が有意に多くなっていました。これらの結果から、口腔機能訓練が介護の現場の介護負担度を減らすことが期待できます。
前回、前々回は人生のスタートとなる妊娠期にも歯科保健活動は必要だという話でした。今回は、高齢者が何でも食べられるような世の中になったら、高齢者が長生き(目指せ 百寿者)はもちろんのこと、介護する側の介護負担度も減ることも示しました。豊かな社会をつくるためには、歯科保健は欠かせないものなのです。
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