書の力 第六回
紙本墨書 56.8×140.3cm 成田山書道美術館
いよいよ東京五輪が目前に迫りました。様々な困難があっても選手の皆さんには思う存分の活躍を期待したいものです。さて、今回ご紹介したい作品は松本芳翠(ほうすい)(1893-1971)が書いた額作品です。
愛媛県にある伯方島生まれの芳翠は特に楷書、行書の名手として知られ、端正な書風は「芳翠流」と称されました。
文人肌の芳翠は漢詩を作ることも多く、この作品も自らが詠んだ漢詩を書いたものです。『五輪十絶之一』とは、1964年の東京五輪開催の折に作られた10首のうちの1首という意味です。「東洋の魔女」と呼ばれた日本女子バレーボールチームの活躍を讃えた漢詩を絶妙な改行と文字同士のバランスで書き上げています。
行末になるに従って、寸が詰まる扇面状の紙面への書き振りには、一点の隙もありません。まさにこの作は前回の東京五輪のレガシーといえるでしょう。こちらの作品は8月29日まで展示中です。(休館日を除く)
(学芸員 山﨑亮)
【釈文】
呼成魔女不空言。
連破強豪阻雪冤。
敵陣豈無嘗膽計。
偉哉撫子大和魂。
五輪十絶之一。
芳翠。
【漢詩の読みと大意】
■(読み)呼(よ)んで魔女(まじょ)となす空言(くうげん)ならず。
(大意)魔女と呼ばれるのは実に理解できる。
■(読み)連(しき)りに強剛(きょうごう)を破(やぶ)りて雪冤(せつえん)を阻(はば)む。
(大意)強豪を続けて破って、雪辱の機会を与えない。
■(読み)敵陣(てきじん)豈(あに)嘗膽(しょうたん)の計(けい)無(な)からんや。
(大意)敵チームに挽回の策はあるだろうか。いやないだろう。