書の力 第二十七回

ふれあい毎日連載

隅寺心経(すみでらしんぎょう ) 般若心経 

伝空海 奈良時代 紙本墨書 25.6×43.1 一幅

最近、いら立ちや悲しみごとはありませんか。そんな時には「写経」です。悩み多き現実から離れて心静かに紙に向かい、一点一画おろそかにせず筆を進めていく-そこには体力も忍耐力も要求されますが、書き終えた時の清々しさは言葉に出来ません。写経の功徳は、何よりも心の安定を得られることです。

 日本では6世紀ごろに仏教が伝わり、写経は聖徳太子の時代あたりから盛んになります。奈良時代には、中国・隋唐時代の写経所にならって、その道のエリートが養成されました。組織的な写経は、奈良の川原寺で673年に始まったようです(『日本書紀』より)。国家の鎮護(ちんご)(安定)を担う写経は、仏教発展の時代にあって中心的ないとなみだったことでしょう。

 こちらの「隅寺心経(すみでらしんぎょう )」は、奈良の海龍王寺に伝来した「般若心経」です。海龍王寺は光明皇后ゆかりの法華寺の北東隅に位置したことから隅寺ともいいます。「般若心経」は600巻の大般若経の真髄を抽出し、262文字にまとめたもので、古来より親しまれています。

「隅寺心経(すみでらしんぎょう )」は弘法大師・空海の筆跡と伝えられますが、実際にはさまざまな筆跡があります。いずれも端正な天平写経の典型として、その時代を代表する古写経です。細字でありながら力強い楷書体の筆致と、正確で整然と構えるその文字の姿をじっと鑑賞するだけでも、心洗われるようです。

子育て真っ盛りの筆者は、この文章を書きながら「母と子の写経会」をしたいな、と思いが膨らみます。

 成田山は、まもなく「弘法大師ご誕生1250年記念大祭」を迎えます。空海とも縁あるこちらの古写経を、4月22日から6月18日まで当館で公開します。(学芸員 谷本真里)