2月14日に待ちに待った発表がなされた。
升掛友護のマリンガFCへの正式加入がリリースされたのだ。
「メイド・イン・ジャパン!ブラジルへようこそ!」
そんな歓迎のメッセージと共に升掛の自己紹介ムービーも公開された。このあたりを特に問題なくこなしてみせることを私たちはよく知っている。
なお、ブラジル入りしてから正式加入まで2ヶ月を要した理由は「これはビザの問題だったようです。なかなか通らなかったみたいで」とのことだ。とはいえ、日本とは全く異なるブラジル文化を時に楽しみ、時に味わう日々。時間はあっという間に過ぎていった。
正式加入から2日後の16日、パラナ州選手権のオペラーリオ戦でデビュー。升掛は後半途中から投入された。

デビュー戦の感想が気になった。
「30分くらいですかね、マリンガに正式加入してすぐに試合で使ってもらえました。練習から上手くいっていて、自信を持って臨みましたが、難しかったです。試合にも入れていたし、ボールロストやミスなどもしなかったんですけど、良くもなく悪くもなく、『自分らしさ』を出せたかといえば、そうではなかった。この試合は消化試合のような試合ではありましたけど、それでも全体的なレベルが高くて、個人のレベルが『J1以上』に感じていたんです。分かりやすく言うと…『ジエゴ(柏レイソル)がたくさんいる感じ』(笑)。フィジカルもテクニックもすごいです」
そう話した後、「ジエゴたち」に囲まれたピッチの中で、「『自分らしさ』を出せたかといえば、そうではなかった」という自己評価、その詳細について話が及んだ。
「攻撃の選手は、『攻撃に絡むこと』や『ゴールに直接関わるプレー』、『結果』が必要ですね。それはどの国でも同じだと思いますが、ブラジルはすごくはっきりとしている。そこが日本との違い。たとえ、日本のようにボールを大事にできても、求められることや考え方そのものが違う。実際に『ちょっと大事にし過ぎたな』って思っていたら、何試合かベンチ外になりましたからね。日本人選手がブラジルで苦労すること。それを今感じている状態ではあります。『信頼』のところやいわゆる『ブラジルサッカーにおける日本人のイメージ』を覆せていないので。でも、1回の試合で、1つの結果で、立場が変わるのもブラジルだと思うので、そこへ向かって努力しているところです」
挨拶代わりのようなデビューはあった。その後はピッチが遠ざかったが、次のチャンスを得るためにやれることはやった。試合に出られない日々の変化があるという。
「こっちへ来てからしばらく経って、試合に出る出ないは色々ありますけど、日本にいた時との違いとしては『体重』ですかね。3キロ増えて、明らかに体つきが変わってきていて、継続している筋トレの効果も出ているし、食べるものがだいたい『肉と豆』。日々、タンパク質をしっかり摂っているのが、体つきに出てきた気がします。日常的に食べてるものが日本と全然違いますからね。毎週のようにバーベキューしますしね(笑)」
だが、幸か不幸か、マリンガは絶好調。パラナ州選手権とブラジル杯という2つのカップ戦を戦って、昇格を懸けたリーグ戦が4月に開幕する独特なフォーマット。「正直、今日がどの試合か分からないこともありますよ(笑)」と升掛は笑っていた。
「マリンガが2部(セリエB)昇格を懸けて戦う3部リーグ(セリエC)はJリーグのような、『ホーム&アウェイ方式』ではないので、19試合かな?上位8位に入れなければ、最短で9月くらいには終わってしまうんです。8位以内のクラブは『ホーム&アウェイ』のトーナメントを戦って紹介を争う形式になっているんです。ブラジル杯はまだ数試合という段階ですけど、1試合ごとの賞金…ですかね?それが高いようで、みんな気合が違います」
そんなリーグ開幕を控えたカップ戦期の中でマリンガは格上クラブを撃破する快進撃を見せ、パラナ州選手権を準優勝。特に準決勝ではパラナ州の名門アトレチコ・パラナエンセにアウェイで勝利した。この大一番に招集され、ベンチ入りも果たしていた升掛の出場はなかったが、マリンガに3発完勝している。試合後には升掛も乗ったマリンガのチームバスへの投石騒ぎがあり、窓ガラスが破損するなど「ことの大きさ」を身を持って味わった。
「マリンガのサッカーはブラジルでも珍しいマンツーマンディフェンスなんで、ネルシーニョさん時代のレイソルのサッカーに似ているなって思いますし、それぞれ個人の能力がすごく高い。昨年に獲得した良い選手たちが今年も揃っているし、昨年3部へ昇格させた実力もあるし、また結果も出ているんです。格上のクラブにも勝ったりしていて、めちゃくちゃ強いんです。練習からバチバチしています」
ただ、せっかく地球の裏側でサッカー学ぶのであれば、勝つチームで学ぶ方がいい。
「ピッチの全員が『自分が試合を決める』という気持ちを持っていて、ぶつけ合うし、その結果やゴールが自分やチームメイトたちの生活を良くするわけですから、その精神はすごく強く感じます。上下関係の概念がないし、もちろん、監督がチームを仕切るわけですけど、日本より監督と選手の距離感が近く、フラットです。ベンチ外の選手たちの一体感も強くて、ロッカールームの雰囲気もすごい」

ブラジル人選手たちが持つ、いわゆる「ハングリー精神」のようなもの。その存在は日本サッカー界で永く語られてきたものでもある。何事も、どんな形であれ、他の数多の事例であろうと、誰かに「そういうものだ」と語られることや聞かされることよりも、「そういうものだ」と自ら実体験することの方が遥かに豊かな皮膚感覚である。その点で升掛は貴重な経験をしたことになる。
またこんな経験もー。
「まだ、ブラジルの移籍に関するルールを全て理解しているわけではないんですけど、移籍はものすごく活発に行われていて、『選手の出入り』がすごく激しいのもブラジルの特徴です。少し前に自分のサイドMFのポジションにも新しいブラジル人選手が入って来ました。自分はその選手の加入に押し出される形でメンバー外になった。でも、その選手は少し起用されてからその後はあまり起用されていないかったりもするので、1部のクラブから期限付きでマリンガへ来た能力の高い選手もいたりと、競争はすごいです」
この世界にいる限り、このような競争はずっと続いていく、イメージを覆す大きな仕事も残っている。やるべきことは山積みだ。ブラジル杯の勝ち上がり次第ではサントスらビッグクラブとの対戦もあり得るだけに、マリンガのサッカーにフィットしておきたい。
ネルシーニョ氏のサッカーにフィットしていた残像はこちらの期待を煽るが、現在の升掛が直面している問題があるという。
さすがに升掛が立つ地は「王国」。たやすく成功を許さない。
「しばらくマリンガで過ごしてきた今は、少し圧倒されている感じ。マリンガのレベルの高さに。個人能力のレベルの差はすごく感じています。技術的に『劣っている…』というわけではなく、『そこでボールを奪えるんだ』とか『そこを抜いてしまうか』って。やっぱり、発想が違うというか。だから、守備の対応も荒くなってくる。体も強くなって当たり負けはしなくなってきましたけど、3部とはいえ、今は3部にいるだけで、感覚的にはJ1以上の選手たちばかりだと思うし、みんな若いし、ほぼ同世代。そこは適応すべき課題です」
飛び込んだ「異世界」は驚きと発見の毎日。そこで見つけた1つの答えもあるという。
「…少し思うのは、『ブラジルと日本では全く使う競技。ブラジルではサッカーは個人競技なのかもしれない』ってことなんです。そこを痛感させられますし、ブラジルから傑出した選手がたくさん現れてくる理由だろうと思います。だいたいの選手たちは『まず、常に自分の良さを出して、チームが勝つ。むしろ、自分がチームを勝たす』ことを追求しているように見えるんで。それが当たり前のメンタリティや…選手としての教育?そこの違いは感じています。レイソルのみんなに負けていられませんね。自分もブラジルで目立ちたいですよ」
もちろん、「レイソルはどうですか?見てる?見れてる?」。
そんな話にもなる。
「試合は見れなくて、ハイライトを中心に見ていますよ。レイソルは強いっすね。個人的には『田中隼人が生きていて良かった』って気持ちです、色んな意味で(笑)。少し前に話す機会があって、元気そうでしたけどね、鹿島戦では相手選手がすご過ぎましたし、その試合までチームがやってきたことがある分、色々と言われたりするんでしょうね。そこは色んな噛み合わせもありますから。あとはやっぱり『熊坂(光希)さん』でしょう。熊坂さん、良過ぎます。原川(力)さんも素晴らしい選手ですね。格が違います。久保藤次郎くんは自分と代理人さんが一緒なんですよ。藤次郎くんの方が自分より速いし、良い選手ですよね。あと、細谷真大がゴールを決めてくれてうれしかったです…でも、『熊坂さん、すごいな』って」
レイソルから届く刺激はエネルギーになっている。升掛も日本へ良いニュースを届けたい。
「全ては『今後のために』という毎日。まずは『試合に出たい。結果を出したい。そのためにベンチ入りを続けていきたい』という気持ちですけど、ポルトガル語は難しい!通訳さんが見つからない!勉強していますけど、訛りもあるし、口調も早くて聞き取れない!戦術練習に無理がある!なんとかしなきゃ!って感じです(笑)。『友護、ポルトガル語ガンバッテ!』って社長にも言われるけど、大変です!探してきて!って(笑)。ブラジルなんて、サッカー選手じゃなかったら人生で1度来れるかもどうかも分からない国ですから、毎日が刺激的ですよ。案外、海外で生きていくのもいいっすよ!」
そして、気になる「一軒家。しかも、ちょっと広めの」という生活にも変化があった。
「あれからしばらくして、チームにいるキーンという韓国人選手と一緒に住んでいるんです。一軒家の部屋を分け合って。あと、家にめちゃくちゃデカいネズミがいます。困ってはいますけど、もう一緒に住んでいる感じです(笑)」
知らないうちに「3人生活」が始まっていた。
なんやかんや、マリンガに移り住んで半年が経とうというころ。升掛友護、たくましくは…なっていそうだ。また、何をしてるか気になったら連絡してみよう。
(写真・文=神宮克典)