「信頼の男」のシング・アウト-松本健太 

レイソルコラム

 4月9日に開催された鹿島戦。柏レイソルのゴールマウスに立っていたのは4年目のGK松本健太選手。ここまでベンチ入りの機会はあったが、試合出場は10ヶ月ぶり、キャリア4試合目の大舞台だった。


 勝利に見放されていたチームを救いたい気持ちはもちろんあった。だが、1人のサッカー選手としての本心が体を硬直させた。


 「この試合の自分のパフォーマンス次第で、今後の選手生活が決まるよな」
 またその一方で、もう1人の自分がこう諭したという。


 「今のチーム状況で自分が試合に出たところで、失うものは何もないよ。今までやってきたこと以上のことなどできやしない」


 そう割り切って試合に臨んだ松本選手は鹿島のシュートを身を呈して阻み、冷静にチャンスの芽を摘み続け、22年8月以来となる三協F柏スタジアムでの勝利に貢献した。


 「クロスへの対応やシュートストップ…自分が守ることができる守備範囲を如何に、絶対的に守るのかが大事だと思う。今日はそれが上手くできただけです。今までのチーム状況からすれば、今日の1勝は『ただの1勝』でしかないと思う。『ただの1勝』で終わるのか、上向いていくのか。『あの勝ちが大きかった』と思えるのか。次の試合が大事になってくる。勝つための準備をしていきたい」


 勝利を呼び寄せた主役の1人にしては控え目なコメントを残した「マツケン」こと松本選手だが、その実力により周囲からずっと信頼されてきた選手である。


 「マツケンがスタメンでも誰も驚かない」
 「彼を欲しがるチームもあるはず」


 以前からそんな評判が聞かれていた存在で、事実、鹿島戦後の古賀太陽選手も「心配はいらなかった。安心して後ろを任せていましたよ」と話していたし、井上敬太GKコーチもウォームアップの僅かな合間で「今日、マツケンはやりますよ!」とこちらに叫んでくれたほどだ。


 しかし、どんなに信頼は厚くとも、出場機会には恵まれなかった。松本選手の前には他国の代表選手がいた。新進気鋭の後輩が駆け抜けたことも同期のGKが先んじたこともあった。「外の空気」を吸ったことだってある。昨夏のデビュー戦でも好プレーでチームを救って存在を示したが、その直後から2度の負傷離脱を経験。正式な復帰を果たしたのはこの2月のことだった。


 復帰後はありとあらゆるシュートを受け続け、納得いくまでフォームを見直した。今季守備陣に起きた様々な事象も具に対策を講じて実践した。負傷箇所は少し変形していたが、以前と変わらず練習着を泥で汚し、汗で濡らし、いつ来るやもしれぬ「その日」に備えた。


 ただ、どれだけ練習に励み、必要な技術を修得したとてレギュラーGKの椅子は1つ。目まぐるしく進むリーグやカップ戦の日程の中で、「第3GK」としての月日が流れていった。ここでは書き尽くせないストーリーの先にあったこの夜の最高の結末。試合後には涙を見せるサポーターも多くいた中で、勝利の凱歌を大合唱した。


 「ゴール裏応援席が反対側にある頃からレイソルアカデミーにいた身として、レイソルがタイトルを獲得したり、勝ち続ける姿をずっとこの目で見て育って、その姿に憧れてきました。声援が解禁されて初めてあの日、自分が出場した試合で、サポーターのみなさんたちと大声で歌を歌って喜び合えて幸せでしたし、気持ちよかったです」


 チームの誰もが認める「信頼の男」は、信じて頼られ、ここにいる理由を結果で示し、存在に気づかせるように踏み鳴らし続けたその両足で今度は一歩、前へ踏み出した。

(写真・文=神宮克典)