「…今季Jリーグ初勝利です(笑)!」
だいぶはにかみながらゴール裏サポーター席を沸かせた立田悠悟。そんな立田の言葉に湧いた感情は、「みんな気を遣ってそこを言わなかったのに…」ではなく、「素晴らしかった。おめでとう!」。
この日の立田は本当に素晴らしかった。まるでいつかの国立競技場での勇姿に迫るものがあった。
「誰かを助けに来た男」はクラブを助け、仲間たちを助け、私たちをも助けてくれた。
そんな特別な試合を終えて、身支度を整えた立田はいつも通り古賀太陽と共に取材エリアへやってきた。その足取りは軽かった。
立田を呼び止める。
少々、大袈裟に。
目の前に来てくれた立田は話を始めた。
まずはこの日の試合に臨む気持ちについて。
「今日の試合は自分たちにとって『大一番』。個人的には『昨年のマリノス戦』を境に出場機会が遠のいていったこともあって、『マリノス戦か…』という気持ちも正直あった。でも、昨年の天皇杯など…個人的には『大一番』と言われる試合に強いと思っているので、最終的には良い心持ちと言うか、良いメンタリティで臨むことができました」
この日の立田は周囲の選手たちとコミュニケーションを取る姿が目立っていた。ある意味で「いつもの当たり前の様子」でもあるのだが、この日はより慎重にその作業を繰り返していた。特に白井永地や山田雄士、松本健太と議論する姿が印象的だったし、チームメイトに拍手を送るシーンや親指を立ててサムズアップするシーンも多かった。
「個人的に『やり辛さ』のようなものを感じたくなかったという気持ちはありましたね。自分自身、久しぶりの試合だったこともありましたし。状況に応じて、『いつもはどんな感じなのか』を含めて、みんなと話をしていた。そのみんなとの擦り合わせの積み重ねが試合中に上手くいったと思います」
奇しくも、この一戦を控えたミッドウィークに開催された「ACLエリートリーグ」の横浜F・マリノス対蔚山HDFCを取材した際に両クラブにあった違いはコミュニケーションの回数であり、その熱意だった。
それぞれのクラブが持つカラーや性格によってコミュニケーションの質は異なるものだろうし、レイソルにそれがないとは思わない。しかし、このミッドウィークに見たマリノスのコミュニケーションの回数や熱意は4ー0という結果に直結していたように思う。
話が脱線したが、この日の立田の振る舞いはこの日のメンバーたちにとってすごく大きな意味を持っていたと思う。マリノスのそれに近いものがあった。
ただでさえ、プロサッカー選手。20代半ばのアスリートの集まりだ、感情表現や共有、コミュニケーションに長けているはず。そんな彼らに出入り業者の記者が「しゃべれ」なんて些か筋違いかもしれないが、その繰り返しがこの先の勝利に繋がれば素晴らしいことこの上ないし、この日の立田はそのサイズ感も含めて「コミュニケーションのアンテナ」のようだった。
そして、こう続けた。
「自分たち後ろの選手がやるべきことははっきりしていたし、ちゃんとできていた。みんな素晴らしかったですよ、今日は。あれだけ前のみんなががんばってくれましたからね。その中でも、今日は山田雄士を褒めてやってくださいよ。パッとボランチとして起用されて、しかも、あのパフォーマンス。すごく助かりました…褒めてあげてください(笑)」
山田に関しては同感だ。彼のような選手が、また私たちを助けてくれるものだと信じているし、その素晴らしさを伝えるのは私のモチベーションとしてずっとある。だが、それはまた別の話。ここでは立田の話をさせてもらう。
どんな素晴らしい結果を手にしても、それはチームのもの。自分の手柄なんかには興味はない。ましてや他人の手柄を横取りしてシュッとしてみせるなんてもってのほか。実に立田らしいコメントだったし、このスタンスは初めてではないから本心だ。
だから、今日の立田は、クラブを助け、仲間たちを助け、私たちをも助けてくれた、その選手たちの1人と訂正しておこう。
ビブス姿でウォームアップエリアでチームメイトたちの戦いを見つめ、試合が終われば彼らを労う、そんな時期は長かった。ピッチでは親友・古賀とメンター的存在の犬飼智也がスタンダードを構築しつつあった中の起用だった。このような選手に「勝ち」が付いたのはチームというラージグループにとって大きい。
「自分の実力が至らないことも認めていたし、自分もやれるんだぞっていうのをリーグ戦に出た時に見せられなかった部分があったので、だからこそ、今日に懸ける思いは強かった。今日も自分のプレーで観ている人たちに何かを感じてもらえたんじゃないかなとは思う」
そんな静かな思いのあと、気を引き締めるように言葉を続けた。
「まだ試合がありますし、まだ何も決まっていないので、『ただの1勝』だとは思うが、この1勝を無駄にしてしまうのか、これからに繋げていくのかは次の試合。次の試合は犬飼選手も試合に出られますしね、また競争が始まる。そこに勝たないといけないと思いますし、個人としてはこうやって試合に出た時に良いパフォーマンスを出せるような準備はしていきたい」
CB陣の競争に挑むにしても、どの位置から競争に飛び込むつもりなのか、「立田が置かれた立場」についての表現を求めた。
すると、立田は震える片手で必死に持ち堪えるアクションを交えながら、私の問いに対して食い気味にこう言った。
「崖っぷち!あとがない…指一本。持ち堪えてる」
笑顔でそうは話したが、偽らざる心境だったことだろう。この言葉が聞けただけでもマイクを向けた価値がある、良い時もそうでない時も立田にマイクを向けてきて良かった。そんな思いだった。
また、その一方で、「よりによって、良い思い出のないこのカードで出場停止になるなんてって感じでした(笑)」と、犬飼へメッセージを送ることも忘れなかった。
日頃、サポーターのみなさんからもよく聞かれる。
「立田はどうしていますか?」
「『たったん(立田)』はなんでフェイスガードをしていたんですか?」
「成功して欲しいんだよな、立田には」
そのような声からたくさんのレイソルサポーターが立田に惹かれていることを私は知っている。
そりゃあ、プロの世界だ。厳しいことを言われることだってある。痛みの分からない人は名指しで言葉の刃を向けてくる。
それでも立田はこの日の勝利を自分以外のたくさんの人たちに捧げると言った。
「自分としては『サポーターのみなさんが喜んでくれること』が1番。今日はサポーターに喜んでもらえるだけの試合ができたと思っています。内容を含めても。みんなもかなり走っていましたし…今日はみなさんに拍手ってことで!」
そして、最後にこう締めくくる。もう、散々経験は積んできた。自分が何をすべきかは分かっている。
「自分の場合、『この1試合だけで終わらないように』ってことですよね。あ、太もも?大丈夫です…久しぶりだったんで、びっくりしました(笑)。『自分が試合に出ても出なくてもチームの力になる』という気持ちに変わりはないですし、まずは『J1残留』というものをしっかりと手繰り寄せられるように、チームから提示される戦い方を表現して、それをやり続ける。今日のように走り続けることや球際の戦い…『魂的』な部分?そこはきっと見ている人たちにも感じてもらえる部分でもあるので、毎試合表現していきたいと思います」
私はこの試合に感動していた。立田の勇姿にも感動した。たまたまだったとしても、犬飼はすごいシチュエーションを弟分に与えたなとも思っている。こういう勝ち試合が見たかった。こんなレイソルが1番好きだ。この1勝は本当に大きい。
みなさんはどうだ。
私はなぜかこの選手に関してはムキになってしまうんだ。
そして、撮れた写真をチョイスしながら、またコメントを記事化しながらこう思うんだ。
うん…やっぱ、立田はいいよな。
(写真・文=神宮克典)