「ほんのちょっとの差」からの今、現在 -落合陸

レイソルコラム

 リーグ戦の折り返し時期でもある6月の中旬を迎えたところで下位にいるという状況は、どんなカテゴリーのクラブにおいても受け入れ難いものがあるはず。

 それこそ開幕当初に感じていた「ほんの少しの差」を痛感させられ続けるような結果が続いていれば尚更。1点差での敗戦が8試合あり、引き分けも6試合という結果はクラブに大きく伸し掛かるものがある。

 6月16日、柏レイソルから期限付き移籍中の落合陸が所属する水戸はケーズデンキスタジアム水戸に秋田を迎え、J2リーグ第20節に臨んでいた。この対戦の時点では水戸が17位、秋田が9位という構図だった。

 この日の落合はベンチスタート。5月には体制の刷新もあった。天皇杯を含む連戦の中でのコンディションやJ2後半戦のスタートであるタイミングでのチームとしての思惑がスタメンに反映されていたようにも思えた。

 前段が長くなるのは、3ヶ月ぶりに水戸の取材へ向かった、よそ者なりの気遣いではあるが、良い意味でその戦いぶりには順位表にある事実ほどのシリアスさは感じなかった。秋田の攻撃を必死に凌いでいた水戸は手数を掛けない攻撃から数回チャンスを迎えるなど、睨み合いが続いたが、水戸に必要だったのは攻撃に於ける仕上げのクオリティだった。

 ベンチから静かにチームメイトたちの奮闘を見つめていた落合は、0-0で迎えた72分に「切り札的起用」で投入された。間違いなく攻撃のクオリティを担っていた。

 起用されたポジションに変化が見られた。以前は1トップの背後でプレーしてチームの攻撃をオーガナイズする「トップ下」を務めていたはずだが、落合の立ち位置は以前よりも数m前方だった。

 「少し前から新しいチャレンジを始めたところなんです」

 落合は現在の役割、そしてチャレンジをこう話していた。

 「今はFWとしてプレーしています。チームからは『1トップでもプレーできるように』と求められている。まだビルドアップに加わる必要もあり、ゴールだけに集中するのは難しいところはありますけど、新しいチャレンジの中でチームも自分も考えながら成長をと。動き出しにはこだわりながら、DFラインとの駆け引きなどにも手応えを感じています。FWの寺沼星文と組む機会が多いので、自分はサイドへ流れることもありますけど、1人でもゴールできるようにならなくてはいけないと思っています」

 この日は20分ほどのプレーとなった落合だが、5月に再スタートした新体制下では3ゴールを決めている。特に18節の長崎戦では2ゴールを上げて長崎を苦しめてみせた。今や水戸にとっては立派な攻撃の核の代表格である。

 そして、5分のアディショナルタイムが掲示されてからしばらくすると、スタジアムに歓喜の瞬間が訪れた。

 94分、その起点は落合の右足だった。ロングスローからのこぼれ球を回収した落合は再びボールを受け素早くルックアップ。ニアへクロスを放ち、ゴール中央に構えていたDF楠本卓海の決勝ゴールをクリエイト。この日はアシストでクオリティを見せつけた。

 「今日、自分は何もしていないですって」

 落合がそう謙遜していたので、殊勲のアシストについては敢えて特に触れず。だが、今後のビジョンについては口滑らかにこう話した。

 「もちろん、まずは今日のようにホームで勝つことが必要ですし、自分はゴールに関わることに集中しています。自分の場合は複数ゴールが求められていて、自分が応えられさえすれば、結果はついてくるもの。今季は『5ゴール2アシスト』を取れているので、2桁ゴールを取り、その後に再び『トップ下』で怖さを発揮するような成長イメージを自分に求めている。この先も前向きに、このストライカー的なチャレンジを続けていきます」

 落合の中に浮上した当面の指針は把握できた。その口ぶりからそれらをプレーに反映させる気概や快感も感じられたのはよかったが、どうしても聞いておきたいことがあった。

 前任の濱崎芳己監督はレイソルで出場機会を求めていた落合に早くから手を差し伸べた張本人だと聞く。今季は落合をチームの中心に据えながら戦っていくつもりだったのは春先の戦いを見ればすぐに理解できた。だが、「ほんの少しの差」に泣かされ続け、それを埋めきれず、志半ばで職を解かれた濱崎氏への気持ち。そして、どんな形であれ、新チームが起動したことについて落合の受け止めや見通しを言葉にしてもらった。

 「自分を良く評価してくれて、現代サッカーでは珍しいくらいの役割を任せてくれた。たくさんコミュニケーションを取って解決を試みていた。そこに感謝していたので、自分もとても辛く難しい気持ちでした。結果がついてこなければ、チャレンジすることも難しくなる気持ちはすごくよく分かります。今季は『J1へ』という高い目標があった分、結果がついてこなければ、あのような決定がなされるし、自分も含めて未だにチーム内にも責任を感じている選手は多い。解任時には今の監督も含めスタッフたちも涙していたくらい、チーム内に良い関係が構築できていた。その後にチーム全体としてはっきりと『試合に勝つことに集中を』と切り替えて、自分も割り切れました。『何があっても、自分の良さを消さず、チームに全力を注ぐ』と取り組んでいます。少しずつ結果も出てきているし、また試合の中で修正していきたいです。チームは徐々に良い方向に向き出したと思いますし、自分たち選手はそう信じて戦っていかないと」

 そして、新たにスタートした森直樹監督との歩みについて聞くと、現在のチームの表情とこの後半戦に求められるメンタリティについても口にした。落合は昨年、足にまとわり付いて離れない少しばかりタチの悪い足かせに泣かされ続けたチームの1人だった経験を持つ。その中にいて、「何をすべきなのか」を見てきた。その中で、少し外れにいる選手が「何を感じ、何を思うのか」を知っている。

 「森監督はモチベーター的な存在も担ってくれている。自分たちのことを見てくれていて、理解してくれていることや一緒の方向を見てくれていることが何気ない言葉からもすごく伝わってくる。水戸は若いチームとはいえ、『ベンチ外』のメンバーたちがどんなことができるのかはすごく重要。みんなが色んな気持ちを抱えているのは間違いないし、言葉一つに対しても敏感なものなので、気持ちの面で『明るくやろう』という考えはありました。『空元気』ではないけど、フォローをしながら毎日を明るく前向きに取り組んでいこうと仕向けていたつもりです。今もそこは今も大事だって思います」

 私が知る限り、「落合陸」という選手は、レイソルアカデミー卒団からプロ入りまでの道のりにもあるように、エリートに見えて、意外とそうではないし、思考や能力からすれば、もっと華やかなキャリアを積んでいてもおかしくない選手でもあり、チームが苦しい時や窮地にある時にこそ、能力を発揮して、また新たな一面を加えていくタイプの選手でもある。とても器用な選手、不器用ではない。ただ、窮地に於いて輝いてしまう。

 この秋田戦のひと仕事だって、決してやりたくてできる簡単なものではなかった。だが、どうやらまだこの独特な歩みを続けたい様子。ただし、落合がいる現在のチャプターは今までよりも強く踏み込んだ意思を持つものだった。

 「チームが苦しい時に…そうですね。今は少し考え方が変わってきているかもしれません。今日のような少ない時間の起用でも、自分には必ず果たすべき『役割』がある。その役割を果たすためにプレーしていますし、自分は自分に『結果』を求めている。今はそのために水戸にいる。今日は途中出場でしたが、今日のように結果を出すことが続いていけば、またスタメンで出場機会が来るはずだって信じていますし、『そこに勝利がついてくれたら』というのが本音ではあるけど、『追い込まれれば追い込まれるほど…』じゃないですけど、そんな場面で力を発揮するっていうのは、メンタル的に強いのか弱いのか、まだ自分でも分かりませんけどね。少なくとも、自分の中に『底力』があるのかなと、付いてきたのかなと。だとしたら、もっと良いものにしたいですし、その力をチームのために出していきたいですね」

 72分に落合が投入され、それから数分後、スタジアムのどこかから聞こえてきた「落合!頼むぞ!落合!決めてくれ!」という声援。まるで柏市から水戸市に来て、72分の間、試合展開を把握する程度しか特に仕事の無かった私の気持ちを代弁してくれたかのような声だったが、結果的に見事なアシストで声援に応えてみせた。

 この結果を受け、順位が1つ上がっただけだとしても、のちに「あの秋田戦の1勝が大きかった」と云われる試合になればと思うし、私から見れば、落合と水戸のマッチングは悪くない。そして、シーズンはまだまだここから。さあ、どうなるか、見てみよう。

(写真・文=神宮克典)