2020年の暮れ、タブレットの向こうに構えた「キング」は悔しさを滲ませていた。
「スタートはうまく切れましたけど、中断明け…最終的に見れば、その時の3連敗や11月の活動停止時の得失点ももったいなかった。トータルで見ると、この4試合をどうにかできていれば、もっと良い戦いができたと思うのと、中断後のスタートが遅かったところも響いたかなと思います。そこで勝ち点を上乗せできていればACL圏内へ行けたので。こればかりは、『たられば』ですし、『もったいなかった』としか言い様がないですけど」
夏と冬、2度の休止が悔やまれたが、ピッチに立てば、トップ下からチームの攻守を司り、マイケル・オルンガ(アル・ドゥハイル)やクリスティアーノを巧みに操る「キング」として君臨した。「プレー自体も良かったんで、継続できないと。2021年は2020年の良いプレーをどれだけ超えられるかだと思います」と話すなど、その存在はスーパーだった。
そんな江坂の2ゴールから始まった柏レイソルの2020年は2021年に入りようやく幕を閉じた。新型感染症の猛威に晒され続ける中リーグ戦は7位。江坂はリーグとカップ戦35試合に出場。ゴールとアシストは共に2桁のダブルを記録。J1リーグの優秀選手としても名を刻んだ。
「大きなケガもなく、連戦でもある程度出場できたので、コンディション維持の部分もよかったかなと思います。特に何かを徹底していたってことはほんまにないけど、コロナ禍でどこへも出られないっていうのが良い方へ向かったかな…ほんまにどこも行かれへんから、日立台での練習が終われば、昼から家で『パパ』してます(笑)」
色々なことがあった2020年だった。15勝12敗7分の7位という戦績について改めて江坂に聞いた。
「年間を通して、まとまったサッカーができなかった。実際になんで勝てたのか分からへん試合もあったのは事実やし、自分たちに絶対の自信を持てるような試合も少なかった。もうちょっと、『レイソルのサッカー』っていうのがあってもいいんじゃないかなと。ただ、これは自分たちだけでは決めれないところでもあるんやけど」
ネルシーニョ監督との信頼関係は良好で、最大限のリスペクトも払っている。自分が一番活きるポジションで起用を続けてくれている点にも恩義を感じている。だからこそ、勝ちたい・勝ち続けたいという気持ちをこう表現した。
奇しくも、その言葉を聞いた数日後に行われたルヴァン杯決勝戦では攻撃の厚みと選択肢の差でFC東京に苦杯をなめた。今、その言葉が余計に突き刺さる。
「ミカを活かした速攻が目立つにしても、実際にプレーしている側としては、『それだけではきついよな』っていうのは現実としてあって、正直、攻め込まれている時間が長過ぎる試合も多くて、ミカがゴールしてくれて勝てていた部分はあっても、内容的にもガッツリ負けてしまっている試合も多い。そう考えると、速攻以外の攻め方やレイソルのサッカーを確立するべきだと思う」
もちろん、オルンガはレイソルにとって最大の得点源であった。江坂との相性は6つのアシストが証明しているし、オルンガという存在が生み出したスペースは江坂を相手の守備から解放した。トップ下の選手にとってこれほどありがたい選手はいなかった。
「確かにパスがズレてもなんとかしてくれるし、自分が前を向いた時、ミカがあれだけ質高く相手の背後を取ってくれればパスを出しやすい。その回数も含め、ゴールへ直結した動きができる。ギリギリのプレーだったのでかなりの数オフサイドにもなっているけど、あのスピードとパワーなので相手も下がらざるを得ないから、すごく助かっていましたね」
順位表でレイソルの上に名前のあるクラブには明確な「形」があった。優勝した川崎を筆頭に、サッカーや哲学が順位順にグラデーション化できるような、「還るべき場所」が各クラブにある。
「川崎は典型的やし、横浜FMもサッカーを貫いて2019年は優勝までしていて、C大阪にもロティーナ監督(清水)のサッカーがあった。最初は苦しんでいながらも、最終的にあの順位まで上がった鹿島にも貫く形があった。他チームからすれば、『レイソルはカウンター』と見られているかもしれないけど、自分たちは必ずしもそうは思ってへんというか」
試合毎に戦術を変える戦い方にも良い感触はある。選手たちのクオリティーがあっての戦い方とも言える。2021シーズンも監督が望んだ戦い方を表現することに変わりはない。だが、江坂がそう感じたのは2019年の経験があるから。開幕時とJ2優勝を決めた終盤のサッカー、守から攻への進化にも似た戦術的変化を見れば、そう公言する理由はよく分かる。それはいわば、「アレンジ」の範疇。
2020シーズンのレイソルの戦いの中、いくつかコントラストの強い試合を挙げ、江坂に投げかけてみる。
「あの試合がきっかけに?」や「あの展開は狙い通り?」、「どんな準備が?」といった具合に。すると、江坂は滞りなく、淀みなく、まるで昨日の試合かのように回答をくれた。
そして、ある1試合を例に挙げ、頭の中のイメージを言語化してくれた。
曰く、「理想に近い試合」だと。
「ホームの仙台戦はボール保持・プレッシングともに良かった。ボールも回りましたし、ビルドアップからのゴールもできたんで。あの試合はタニくん(大谷秀和)とマーさん(三原雅俊)と中盤をやって、その感じもすごくよくて、かなりの好感触がありましたね」
試合は5ゴールでの快勝。江坂は仲間隼斗とオルンガのゴールを演出した。江坂だけでなく大谷や三原、瀬川祐輔が面白いようにチャンスを構築し、試合を支配しての勝利だった。
また興味深い一例も。
それはC大阪とのルヴァン杯準々決勝。ヤンマー長居スタジアムでの一発勝負。ネルシーニョ監督はこの時期、オルンガに休息を与え、呉屋大翔を起用した。この起用がレイソルの新たな形を見出した。レイソルは立ち上がりの呉屋のシュートから波に乗り、その呉屋の先制ゴールから試合を掌握。後半には江坂の2ゴールが生まれ快勝した試合だ。
試合前は「C大阪の攻撃を引き込んでからの速攻」とのイメージを共有して試合に臨んだが、良い意味で絵に描いた餅とはいかず、江坂は試合展開と守備とハードワークを厭わない呉屋と戸嶋祥郎の特性を汲んだ形で即興のアレンジを試みたという。
「監督の狙いはまずあったんやけど、どっちかいうと、試合が始まってから、『前から守備に行けちゃうな』と感じていて、大翔と一緒に『前から行こう!』と前半のうちに判断をした。自分たちが動いて、全体にも付いてきてもらいながら」
シュートで終わる展開が続き、C大阪のゴールキックが増えた。江坂は率先して周囲の陣形をデザイン。次第にレイソルは前掛かりにオーガナイズし、強かにボールを回収。混乱するC大阪に対して、呉屋の4本を筆頭に11ものシュートを浴びせた。
また、3日後の清水戦でも江坂と呉屋の判断は冴え、清水守備陣を蹂躙して再びアベックゴールを記録している。
「C大阪戦は前線からのプレッシャーが効いていた上に、後ろとの連携も良かった試合だったし、清水戦も前半は良かった。祥郎も流動的に動きながらの2ゴールだったから。ただ、ああいう戦い方は大翔とのコンビを組む時にしかできないんですけどね、まだ」
2021シーズンも再び「相手によって顔を変える」のか、理想だという「ボール保持・プレッシング」型を追求するのか。または「オーガナイズからの速攻」型なのか、江坂の指摘は核心を突き、また、示唆に富むものだったように感じる。
この2シーズンで55のゴールを決めてきたFWがレイソルを去った現在のこの状況下、戦い方の新たな決断を強いられることになる。ならば、江坂が!…と、こちらが結論付けようと考えようにも、それをいなすかのようにこう話を続けた。
「…もう、ゴール数はほんまに気にしていなくて。ゴールを取れるのがベストですけど、『自分が取りたい』って感じで試合に入ってはいないから。『チャンスが来たら、取る』ぐらいで。どっちか言うと、『チームを勝たせれるプレーを選択できるように』とは思いながら、結果9ゴールを取れたんで、チャンスに絡みに行けているんかなとは思う」
この2年にかけて継続的に聞いてきたゴールへの思いに大きな変化はなかったが、大黒柱のクリスティアーノをはじめ、江坂と抜群の相性を誇る瀬川や呉屋、仲間。負傷からの復活に賭ける天才マテウス・サヴィオら、何も自分がゴールにこだわる必要もない陣容への信頼がその思いを強めるのだろう。
「自分は『前と後ろを繋ぐ選手』ー。試合の状況に応じて、『勝てる選択』をピッチの中でリーダーシップを持ってできればなと思いますね。結果も出して、今年のようにゴール・アシストの数字も一緒に叩き出せれば1番かなと思うけど、『任がゴール取ってくれな困るぞ』って感じやと困るんやけど(笑)…取れればいいかなとは思います」
どのような戦い方を選ぶにしても、ボールはキングの足下に一度収まることを好むだろうし、新たなホットライン構築にも期待が掛かる。巻く機会が増えたキャプテンマークも様になっている。私たちは間違いなく「最高の江坂任」を目の当たりにしている。そろそろ、本当の「主役」になっていい頃だ。
(写真・文=神宮克典)