「尊き、その10分」ー杉井颯

レイソルコラム

 とにかく必死だったー。

 1点を追われる後半40分。DFの負傷を受け「颯!」と声が掛かる。ピッチに駆け出すまではあっという間だった。そして自分のサイドを破られ同点とされたのもまた、あっという間の出来事だった。

 これで気持ちははっきりした。

 「やり返すしかない」

 2020年12月6日。当時J1昇格争いの真っ只中にいた福岡に挑んだのは、下位に沈む金沢。杉井颯は、右SBに起用された。

 左利きの杉井にとっては公式戦では初のポジションだが、練習では様々なポジションで起用されていたし、準備段階での感触も良好だった。

 しかも、最新の出場試合の記憶も定かでないほど久しぶりの公式戦。ピッチには兄貴分であり2020シーズンの福岡を引っ張り続けた上島拓巳もいた。1秒でも早く入り、1秒でも長くプレーをしたかった。

 スコアは2ー2。逆の視野から見る福岡守備陣はより強固に映ってはいたが、杉井にとってそんなことはもうどうでもよかった。やぶれかぶれでも投げやりでもなく、なんとかするしかなかった。

 「チームメイトの出場停止など色々な理由があって、『今週は右SBで準備して欲しい』と言われていました。迷いなんてなかったですし、練習の中でも良いクロスを入れられていたので感触は良かった。自分が入ってすぐに失点をしたので、勝ち越す為に右サイドで運動量を出してボールを引き出す動きをしていました」

 2度、3度とフリーで全速力でペナルティエリアへ迫るが、肝心なボールが出てこなかった。

 残り時間は数分ー。

 杉井は内側のレーンでのプレーを選択し、右からのクロスへ夢中で体を投げ出した。背後から杉井を抑えに飛んできたのは上島だった。その直後に両者は激しく接触。ピッチを叩き悔しさを露わにした杉井と肩をさすりながら倒れ込んだ上島。

                              

 「颯との接触で肩が痛くて、大切にしていた福岡での最後の完全オフが台無しになりましたよ」

 のちに上島は笑っていたが、杉井はもちろん真剣そのもの。

 「拓巳くんが来ていたかは分かっていないし、どうしても結果を残したかった。あの瞬間は『ポジションなんて関係ない。ゴールを』って、その一心でした。あの10分ほどの出場時間の中で自分に足りていない力が理解できましたし、どうすれば、克服できるのかのヒントを得た気がしています」

 金沢では13試合の出場に留まったが、福岡戦での10分ほどのプレーは、杉井の2020シーズンを表しているようで、とても尊かった。思うようにいかず打ちのめされ、頭を抱えていたが、自分自身で立ち上がり新しい自分と出会ったのだから。

 「あの試合を見てくれた方々からは『あの日の颯は違った、良かった』と言ってもらえるんです。自分も『こんなに楽しい試合は初めてだ』と思っていました。失点に絡んで、勝てもしなかった訳ですけど、右SBで使ってもらえたからこその感触があって。それを感じずにシーズンを終えなくて良かったと思っています」

 最初は「自分の力をチームに還元できたら」という思いを持っていた。

 だが、中断期間が過ぎリーグが再開すると、序列は一変した。過密日程の中、真夏の炎天下でも強度の高い練習を行う金沢。控え組の練習様式やルールに適応するのが精一杯。さらに試合から遠ざかるうち、「自分は力を付けているのか?」と不安でならなかった。

 だが、その力がシーズン終盤で出せたことがさらにうれしかった。

 「元々持っていた一面かもしれないですし、その一面を出せるようになったのかもしれないです。金沢でこそ成長できた点と言っていいかもしれないです。それと、レイソルで学んだことは自分にとって大切なものばかりですが、今の自分にはそれを一度置いていくくらいの覚悟が必要なんです。『1からじゃない、0からだ』って」

 レイソルで得たサッカー観が杉井の基礎となり、その力でプロになった。「でも、自分の場合はそれだけではこの世界を渡っていけない」と感じた故の移籍。時間はかかったがそのヒントに福岡の地でたどり着いた。3年目、2つのクラブで武器や経験はたしかに増えたが、周りを見れば「3年目」が持つ別の意味合いも理解できる。

 「3年目の20歳の選手が次で3クラブ目に加入する。毎年違うクラブでプレーさせてもらえるのは幸せなことだと思う反面、自分の実力不足を痛感しています。いずれ、『最初の数年は苦しかった』と言えるようにしなければ…毎年のように違うクラブで、『心機一転、今年はがんばります』って意気込みを語るのはおかしな話だと思うし…もう後がない状況だってことは自分が一番分かっていますけど、今は楽しみです」

 新天地はJ3のガイナーレ鳥取。以前にもオファーを寄せてくれていたクラブでもある。

 「強化部長の吉野智行さんから直接電話をいただいて、その時、第一声が『お客さん扱いするつもりはないから』と言ってくださって、なんだかうれしくなってしまいました。すぐに『ありがとうございます。よろしくお願いします』と言いました」

写真提供:ガイナーレ鳥取

 思いもよらない吉野氏の言葉。一気にハートを掴まれた。

 「試合に出続けることが最優先になりますね。その中で自分の能力をチームで活かせる選手になっていきたいですし、気持ちを見せることも忘れたくないですね。監督が求めることをしっかりと表現できる選手になりたいです。まだ自分は『5試合連続で試合に出る』って経験をしていないので、そのサイクルを経験したいし、増やしていきたい。それは『チームからの信頼』と言い換えられると思うので」

 ほんの10分ちょっとの出場機会が1人の選手の新たな面や才能を引き出すことになるのか、その尊さを証明するための1年が始まった。そのヒントはもう杉井の中にある。

(取材・文=神宮克典)