「そのエビデンスとその機運」・前編ー上島拓巳

レイソルコラム

 2020年12月16日のニンジニアスタジアム(愛媛県)ー。

 5年ぶりのJ1昇格を決めたアビスパ福岡の選手たちがサポーター席へ歩を進める。

 皆一様にこれ以上ない笑顔で任務達成の報告へ向かう中、柏レイソルから1年の期限付き移籍で加入した上島拓巳の目には光るものがあった。

 「あの涙は、悔しい思いをして福岡へ来て、チームの中心の1人として昇格という目標を果たせた。これはチームやサポーター、たくさんの人たちのおかげです。チームメイトも自分を信じてくれましたから。その感謝と昇格を成し遂げた達成感。それと『来年はこの仲間たちと一緒に戦えない』という決断をして、福岡の選手として戦う試合がこれで最後っていうこともあり、入り混じって、グッと…感極まりました」

 上島にとってはキャリアを賭けたシーズンでもあった。

 中央大学を経て、少年時代から過ごしたレイソルへ帰還した春先は順調に滑り出したものの、6月下旬以降試合出場はなく、メンバー入りも激減。奇しくも最後のスタメンは福岡戦だった。その翌週から始まったレイソルの11連勝中もほぼベンチ外が続いた。当時の上島はこう話していた。

 「春先のように『攻めの気持ち』で試合に臨めていなかった。もちろん、今は苦しいですが、必ず払拭する。ただ苦しんでいるわけではなく、『最後に笑うのは自分だ』と準備をしています。見ていてください」

 その上島に手を差し伸べたのは中大の先輩に当たる福岡・長谷部茂利監督だった。2019年当時水戸ホーリーホックを指揮していた長谷部監督は、レイソルとの対戦時に丸刈り頭の上島に関心を示していたという。監督の期待の高さは、上島を副キャプテン4人のうちの1人に指名したことにも表れていた。まだ練習試合も行っていない、サポーターへのお披露目の席での指名だった。そして、左腕の重圧と付き合い出したのは、夏だった。

 「リーグ再開後、状況は好転せずにいて、キャプテンの前寛之も離脱中で何か変化が必要だった時期でもあった。『そろそろ指名が来るかな?』と感じていた週、磐田戦だったんですが、『カミ、心の余裕はあるか?』と監督から問われ、キャプテンに縁が無かったですが、『巻かせてください』と。磐田戦で勝ち、気分的にも変われた。チーム的ハイライトはいくつかありましたが、自分はその磐田戦がポイントでした。あの勝ちで信頼を上積みできたので、大切な試合でした」

 その後、チーム状況は徐々に好転。上島自身も待望のプロ初ゴールを決めるなど目に見える結果を残しながら、超過密日程のカレンダー上で勝利が先行するようになった。

 9月に入ると勝ちっぱなし。1ヶ月以上止まらなかった。その数、実に「12」ー。「11連勝」を外から見ていた昨年を1勝分上回ってみせた。この12連勝、あるいは昇格への鍵として注目されたのは福岡の守備だった。左から輪湖直樹、ドウグラス・グローリ、上島、エミル・サロモンソン、GKジョン・セランテスの多国籍編成の守備陣だ。そこに左右のSBとしてプレーできる湯澤聖人やCBのバックアップとして三國ケネディエブスが控える安定感は連戦の反動が顔を覗かせた夏場以降、他クラブを圧倒した。上島とグローリ、三國のCBとセランテス。そして、大型FWのフアンマ・デルガドを並べる通称「福岡山脈」ー。

 「特にグローリとは気持ちを高め合ってきましたから。『オレたちは強いよな!やれるよな!』って。お互いの特長も理解して良いコンビになれたと思う」

 レイソル時代から習得に励んでいる英会話も役立った。母国語以外に英語も話せる外国人選手たちと直接コミュニケートするだけでなく、他の選手との橋渡し役だって買って出た。

 そんな「福岡山脈」の中央で、上島は美しい空中姿勢からボールを弾き返し続けた。7割5分を超える勝率を誇った空中戦の印象は確かに強い。レイソルアカデミー仕込みのパスやキックを下地に、今はその他のスキルにも自信を覗かせる。曰く、「DFとして、『スケール』は大切だと思うし、上積みできた自信がある」ー。

 「空中戦もそうですし、対人守備能力の向上を感じています。自分のプレー、ポジショニングや駆け引きなど、試合や時期によって5つの要素を抽出して、五角形のゲージ化して捉えていました。『その五角形をより大きく、バランス良く、スケール豊かに』と。チーム内でも対人守備の部分を高く評価されていった点も含めて昨年までとの違いはありました」

 ここまでこだわって自らを見つめ直すのには訳がある。上島はただ福岡で成功をして帰還するだけでは足りない。「昨年までの自分との訣別と新たな証明」ー。手土産には全く困らない福岡から、その中でも最も価値のある手土産を持ち帰ることが絶対に必要だった。

 「昨シーズンは春先に出場機会を得てリーグ出場までは自分の良さを出せていたのに、少しずつ、精神的に守りに入ってしまっていた。DFですけど、姿勢の部分で『攻撃的にボールを奪う』と思っていても改善できず、試合からも遠去かって。その反省から、『今年は自分の良さを全面に』と取り組みました。自分を尊重してくれた監督やチームメイトに感謝しつつ、『このチームの中心になる』と言い聞かせ、責任を負う状況でプレーしたことが結果に繋がり、自信になった」

 育成年代から綴るノートには次第に自らを省みる言葉が並ぶようになっていた。新天地で新しい自分を上書きする為に、毎日が戦いだった。さらにもうひとつの責任感も重要な動機付けとなっていた。

「福岡行きを決めた瞬間から、『中村航輔ー古賀太陽の系譜を自分が途切らす訳にはいかない』って思いもありました。『レイソルから来た選手』という視線は意識していました。航輔くんを筆頭にそれぞれキャラクターは違いますけど(笑)。そこはやはりイヤでも括られるものだけど、自然と気にならなくなりました」

 福岡での経験をステップアップへと繋げた両者と同様に、インパクトは残した。スタジアムやソーシャルメディアから受け取るたくさんのサポーターの願いも叶えた。福岡に残れば、競争のポールポジションに立てる自信はある。だが、やはりそれでは満足できないようだ。凛々しい目を強く輝かせ、上島はこう決意を新たにした。

 「新天地で不安やプレッシャーを抱えていた自分を監督やチームメイト、スタッフ…たくさんの方々に迎え入れていただき、やっと1人のサッカー選手になれました。たくさんの方々に愛してもらえて幸せでしたし、福岡には数多くの思い出がありますが、さらに成長するためには、この快適過ぎる環境から離れて、『リベンジマッチ』に挑むと決めました。ただ、幸いにも『昇格』という目標を達成できたので、来季J1で福岡と対戦ができる。きっとバチバチした試合になると思いますし、感極まってしまうかもしれません。今後も成長した姿を見せたいですし、また上島拓巳を応援してもらえたらうれしいです」

 熟慮に熟慮を重ねた上での決断だった。「50」のユニフォームや応援アイテムを見れば力が湧いた。ただ、周囲の愛情に甘える自分も想像できた。だからこそ、「リベンジ」という強い言葉を使った。

 「今は『J1昇格』って看板を担いで福岡からレイソルへ乗り込む気分。自分には大きな『リベンジマッチ』が残っているので、その戦いに勝つ為に必要な力は付けたつもりです。来季が楽しみです…うん、『リベンジマッチ』という表現が一番しっくりくるんです」

 楽しみな存在がレイソルへ帰ってくる。今まで以上に厳しい環境なのは百も承知だ。上島がスケールアップして臨むリベンジのシーズンがまもなく始まる。

写真・文=神宮克典