文学の窓
芥川龍之介『羅生門』
芥川龍之介が24歳の時に『鼻』を発表した際、文豪夏目漱石から手紙が届きました。その内容は「あなたのものは大変面白いと思います。落ち着きがあって、巫山戯(ふざけ)ていなくって、自然其儘(そのまま)の可笑味(おかしみ)がおっとり出ている所に上品な趣があります。夫(それ)から、材料が非常に新しいのが眼につきます。文章が要領を得て、能く整っています。感服しました。ああいうものを、是から二、三十並べてご覧なさい。文壇で類のない作家になれます。……ずんずんお進みなさい」という「激賞」でした。
この前年に発表されたのが『羅生門』です。漱石が認めているように、芥川文学の特徴は「新技巧派」と呼ばれるすぐれた技巧と知性によって意識的に組み立てられた構成の素晴らしさにあります。また『今昔物語集』などの古典に着想を得る着眼点の新しさも。
学校の授業では冒頭文からその特徴に気づいていきます。「ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた」さらっと始まったように感じますが、たとえばこの場面を描いてみようとすると……「メッチャ明確!」と驚きの声。いわゆる5W1H(いつ・どこで・誰が・何を・なぜ・どのように)が「なぜ」を除いて組まれているからです。
次の段落では「なぜかというと」と「なぜ」もしっかり書かれます。
人が「生きるため」ならば盗人になり罪を犯すことも許されるのか。エゴイズムの真を暴くようなテーマに芥川自身も悩んだのか、実は最後の部分を何度も書き直したことが知られています。そうして用意されたラストは「下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。……外には、ただ、黒洞々(とうとう)たる夜があるばかりである。下人の行方は、誰も知らない」。
暗黒の夜に消えていくラストシーンに皆さんは何を思いますか。
■K太せんせい
現役教師。教育現場のありのままを伝え、読書案内なども執筆する。