K太せんせいの本棚24
『夜は短し歩けよ乙女』(角川文庫)は森見登美彦が描く「冒険」のお話。主人公は「黒髪の乙女」とその彼女に恋をした「先輩」です。冒険の舞台は夜の京都の街。不思議な三階建ての路面電車、学園祭に古本市……すぐ隣にありそうで、しかし摩訶不思議な広がりをみせる世界を、恐ろしく純粋な興味の塊とも言うべき乙女が駆け……いや、歩き回ります。
「その夜、私は単身で魅惑の大人世界へ乗りこんでみたいと思いました。……通りかかった四条木屋町の界隈は、夜遊びに耽る善男善女がひっきりなしに往来していました。その魅惑の大人ぶり!」。めくるめく大人世界との出逢いが待ち受けているに違いないと、大学生の乙女が確信する場面です。
「そうなのです。私はわくわくして、老舗喫茶『みゅーず』の前で二足歩行ロボットのステップを踏みました」と乙女自身もなかなか独特なアクションをします。
好奇心の赴くまま、乙女は奇天烈(いてれつ)で魅惑的な人々と次々と出会っていきます。その楽しさを書き出したら、紙面が足りないので、ここは泣く泣く割愛し、もう一つの大きな魅力を紹介します。それは、声に出して読んでみると一層輝く、美しく小気味よい表現の数々です。
もしかしたら、表題を一度音読してみるだけでも伝わるかもしれません。次の引用はまさにその表題を乙女自身がつぶやく場面です。
「そもそも自分がなぜこのような夜の旅路に出たのであったか……そんなことは、もうどうでもよいのです。ひよこ豆のように小さき私は、とにかく前を向いて、美しく調和のある人生を目指して、歩いてゆくのであります」。「冷たく澄んだ空を威張って見上げて……かくして私は呟いたのです。夜は短し、歩けよ乙女」。
丁寧で古風な語りを、七七で仕上げる趣。アニメーションや舞台の原作として何度も注目される理由はこの表現の妙にもあるに違いありません。
■K太せんせい
現役教師。教育現場のありのままを伝え、読書案内などを執筆する。