DRリポート222

ふれあい毎日連載

「唾液腺を用いた遺伝子治療の可能性」

生理学講座教授 吉垣純子先生

吉垣純子教授

 体内で特定のタンパク質が不足することによって引き起こされる疾病が数多く存在します。糖尿病におけるインスリンが有名です。膵臓で作られるはずのインスリンが不足するために血糖値のコントロールが出来なくなります。腎臓で合成されるエリスロポエチンは赤血球の増加を促進するホルモンですが、腎不全によって減少し腎性貧血の原因になります。

一方、胃切除貧血と呼ばれる病気が存在します。これは、胃癌などで胃を切除した場合、胃壁から分泌される内因子というタンパク質が不足するために、造血に必要なビタミンB12を消化管から体内に吸収できなくなる病気です。

人工的に補うための「遺伝子治療」

これらのタンパク質を人工的に補うことができれば、病気のコントロールが容易になります。そのために、設計図である遺伝子を体内のどこかの細胞に導入してタンパク質を作らせる「遺伝子治療」が試みられています。

注目は唾液腺

 では、体内のどの細胞に作らせるか。大量のタンパク質を合成・分泌する能力が必要です。肝臓が条件に合いますが、肝臓は体内に唯一の臓器で替えは効きません。そこで、唾液腺が遺伝子治療の標的臓器として注目されています。唾液腺は大量の唾液タンパク質を日々合成・分泌している上に、耳下腺・顎下腺・舌下腺と大きな唾液腺で3種類、しかも左右に一対存在し、小唾液腺と呼ばれる小さなものはさらに多数存在しています。その1つを遺伝子治療に使用して本来の機能が果たせなくなっても、十分に他の唾液腺が補えます。しかも、唾液腺から唾液を分泌する導管は口腔に開口しているため、唾液の出口から逆行して遺伝子を非侵襲的に導入することができます(図1)。

効率的な遺伝子治療法の開発に向けて

 しかし、唾液腺でタンパク質が作られても、それを正しい目的地に届けなければ機能は発揮できません。インスリンやエリスロポエチンなどのホルモンは血液に分泌する必要があります。一方、内因子は消化管内で働きます(図2)。タンパク質は合成後に細胞内で二方向に振り分けられますが、そのメカニズムは明らかになっていません。日本大学松戸歯学部生理学講座では、唾液腺細胞におけるタンパク質の分泌経路の決定機構について研究を行っています。遺伝子導入して合成させたタンパク質の行き先を自在に操ることができれば、効率の良い遺伝子治療法の開発につながると考えています。

図1 唾液腺への遺伝子導入

図2 唾液腺からのタンパク質分泌の2経路