「絶塵」
小林斗盦(こばやし とあん)<1916 —2007>
平成14(2002)年 日展出品作
紙本印影 成田山書道美術館蔵
印は紀元前の西アジアで用いられた封泥に始まり、今日では印章や落款(らっかん)などの実用として使われています。中国宋代あたりから皇帝が印譜集を発行するなどして篆刻(てんこく)の研究が始まり、やがて作品化も進みます。
篆刻は「方寸のなかに宇宙が広がる」と表現されるように、小さく狭い印面にありったけの知識や技術を盛り込みながらスケールの大きさを求める、書におけるひとつのいとなみです。
篆刻は、文字どおり篆書体(てんしょたい)(最も古い書体)の文字をはんことして刻みます。篆書体は甲骨文(こうこつぶん) (亀の甲や牛の骨などに刻まれた文字)、金文(きんぶん)(青銅器に鋳込まれた文字)、小篆(しょうてん)(秦の始皇帝が定めた文字)、大篆(だいてん)(小篆以前の文字)といったように、その字の形はさまざまで、非常に難解なものもあります。作品制作には自ずと深い知識が求められます。
線のまわりを彫るこちらの朱文印「絶塵」は、大正生まれの書家・小林斗盦による作品です。斗盦は日中両国における書法と篆刻の結びつきを追求し、日本篆刻界の新しい時代を開拓したことでよく知られます。
躍動感たっぷりな「塵」の字は、群鹿が駆ける時の土けぶりを表す会意文字で、形が多態です。綿引滔天(わたひき とうてん)先生は「どの形を選択するか、またどう組み合わせるのが正しいのか、一般には難しい」といいます。だからこそ「印の表現には無限の遊びがある」というメッセージが込められているようです。
実物は一辺9㎝の方形印で、最晩年86歳の斗盦による、最大級の作品です。20世紀を篆刻研究一途に駆け抜けた、斗盦の心境や集大成のようなものをここに感じます。当館はこの印が捺された印譜を収蔵しています。(学芸員 谷本真里)