「関根大輝を見つけ・連れてきた人物」ーイ・チャンウォン(後編)

レイソルコラム

 繰り返しになるが、イ・チャンウォンがレイソルに来たのは韓国語通訳者としてだった。色白で当時は長髪で、腰が低く人懐っこい好青年だった。

 「2011年の秋に韓国人担当の通訳としてレイソルに来ました。『ドンちゃんとハンジン』を担当していました。直前の試合で大宮アルディージャに負けてしまったのですが、その後の鹿島アントラーズ戦から正式に加入となって、そこからレイソルは全ての試合で勝って、最終的にJ1を優勝をして…クラブW杯へ!というあのシーズンでした。『僕が来てから無敗』なんて言ってました(笑)」

 「ドンちゃん」はパク・ドンヒョク、「ハンジン」はクォン・ハンジンのことだ。

 彼ら以降も、写真にあるキム・チャンス、ハン・グギョン、ユン・ソギョン、キム・ボギョン、パク・ジョンス、キム・スンギュ…といった錚々たる選手たちの通訳者として、我々メディアを助けてくれた「恩人」であるのはもちろん、レイソルがAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を戦っていた頃は、節目節目で必ずやってきた韓国・Kリーグ勢との大一番での貢献については容易に想像がつくところ。

 また、日本育ちとあって、日常的な表現やサッカー用語に至るまで、絶妙なニュアンス変換には定評があった。

 …だが、ある時。大きな「転機」が訪れる。

 「転職」と言ってもいいかもしれない。

 それは2015年のキム・チャンスが退団してから2017年のユン・ソギョンが加入するまでの時期。韓国人選手がいなくなり、通訳者としての仕事が無くなったタイミングだったという。

 「所属の韓国人選手がいなくなってしまって、自分も『今後どうなるのかな?』と思っていたのですが、レイソルから『分析テクニカルをやってみないか?』と声を掛けてくれたんです。そこで映像制作をはじめとして、色々なスキルを身につけることができましたし、ありとあらゆる世界中のサッカーを観て、自分なりに見る目が育ったと思いますし、たくさんの知識もつけられたと思います。良質な韓国人選手をスカウティングしておいて、必要とされた時のための準備をする機会もありましたね。今となっては、その経験の多くが、今の仕事に繋がってきているのかなとも思います」

 ユンが加入するまでの間は、ベンチサイドやピッチサイド、取材エリアで姿を見かける機会が減ったが、遠方スタジアム内の回廊で、映像機材を担いだ姿で偶然鉢合わせ、「おつかれさまです。実はレイソルの映画を撮っているんです」といたずらに笑っていたこともあった。特にバツが悪そうな様子でもなく、とても活き活きとしていた。

 エレベーターが来るまでの間に、「今はレイソルで何を?」と聞くと、「今は分析の手伝いをしています」というような話をした記憶がある。

 そして、ユン・ソギョン、キム・ボギョン、パク・ジョンスの通訳者を歴任し、キム・スンギュが退団した2022年から「スカウト兼サポートコーチ」となった。チャンウォンは現在の仕事についてこう話してくれた。

 「まず、基本的には大学リーグでプレーしているレイソルアカデミー出身選手たちをできる限り視察して回っているという感じですね。彼らのことを何試合か見ているうちに、前は対象外だったけれど、試合の中で目に付いた選手がいれば、その選手をまた視察してみたりもしていますけど、既に選手側に『行き先』があったり、『行きたい先』があったりする場合も多々ある世界なので、そのあたりは難しいですよね」

 現在の柏レイソルトップチームを見渡してみると分かりやすい。

 東京国際大学でプレーしていた熊坂光希が「アカデミー出身選手」であり、「大学リーグの中で目についた選手」とは拓殖大学時代の関根大輝であり、先日ルヴァン杯・群馬戦でレイソルデビューを果たしている中京大学・桒田大誠がそれである。

 3選手ともサイズに恵まれ、攻守に能力を発揮できるという共通点がうかがえる。3人をレイソルへ導くきっかけを作ったチャンウォンは彼らに対する思いをこう語る。

 「この3人だけで言えば…自分もレイソルの通訳として、何度もACLに関わらせてもらってきましたから、『柏から世界へ』という言葉には共感していて、いざ、ACLを戦って勝っていこうとなると、西アジア勢の身体能力と向き合うことになるというのと、3人とも『ポジション的にも大きいに越したことはないだろう』という基準のようなものは自分の中にありました。色々な選手がいますけど、ポジションが後ろへ下がれば下がるほど、サイズは大切だと思うので」

 ここで熊坂と桒田が持つ魅力、チャンウォンが彼らを日立台へ連れて来るに至った魅力を聞いた。熊坂と桒田の「トリセツ」だ。

 「えー、トリセツですか!」とソファに腰を深くかけ直したチャンウォンはまず熊坂光希について教えてくれた。

 「光希はダイナミックなMF。スケールが大きい。いわゆる、『ボックス・トゥ・ボックス(※)』型の中盤の底の選手で、相手陣内にスイスイと迷いなく入っていけるし、広いエリアで仕事ができて、点が取れるし、攻撃が好きです…でも、性格がおとなしいタイプだったので、そこは『どうかな?』って思っていましたけど、今はハツラツとやっていて安心しましたね」
※ボックス・トゥ・ボックスとは自陣ペナルティエリアから相手ペナルティエリアまでをプレーエリアとする選手

 続いて、桒田大誠。私たちにとってはまだ20分ほどしか見たことのない選手でもある。

 「大誠には現代的なCBの素養を感じています。自分でボールを運ぶことができて、相手を引きつけて、スペースや時間を作り出せる。サイズがあって、ヘディングも強い選手ですよ。性格的にも素直です。言われたことを積極的に前向きにやりますしね。まだ、プロのレベルに必死に付いていく段階なのかもしれませんが、この先に自分を開放できるようになったら、またグンと伸びるような期待をしています。教員免許取得も考えているくらい、人柄も良い子ですよ」

 私も数回、大学リーグの同じ会場でチャンウォンと居合わせた機会がある。時には何やら騒がしいスカウト陣のエリアの中で、静かにピッチ内を見つめ、試合が終われば、ピッチへ歩み寄り、視察対象選手とコミュニケーションを取る。一度、ある会場での、ある選手とチャンウォンの会話にほんの数分間だったが、お邪魔したことがある。技術や戦術について話すというよりは、状況の確認に時間を割いていた。 

 例えば、ある選手が膝にテーピングを施しているなら、具に症状を確認する。選手側も症状を丁寧に伝えるあたりからはお互いの信頼関係が手に取るように伝わってきた。つい最近も視察対象選手の視察のために炎天下の昼間にある会場に向けて車を走らせていたというから、足で稼ぐタイプのスカウトと言っていいかもしれない。

 では、チャンウォンは大学リーグのスタンドから何を見つめて、コミュニケーションの中から何を得ているのだろう。

 「選手が持つそれぞれの技術だったり、プレーそのものはもちろん大事。でも、『人』ですよね、『人間性』と言えばいいのでしょうか。選手のキャラクターはすごく大事な要素だと思っています。それと、やはり、サッカーに対する向き合い方や向上心を持っているのかも気になりますね。ピッチでの様子も、レフェリーに対しての様子、交代を告げられた際の立ち振る舞い、ベンチへ下がってからどんな態度を見せるのか、チームメイトたちとどう触れ合っているのか…スタンドから見れる限りのことは見ているつもりです」

 なぜなら、チャンウォンが柏レイソルで見てきたものに嘘はつけないから。

 「自分はたくさんの韓国代表選手たちの姿勢や取り組み、振る舞いというものを間近で見てきたし、個人的にも彼らからたくさんのことを学ばせてもらってきた。レイソルのたくさんの優れた日本人選手たちや日本代表選手たち、ブラジルからレイソルへ来た素晴らしい選手たちも、ケニア人のミカ(マイケル・オルンガ)といった選手たちを近くで見させてもらってきましたからね。やはり、この世界で結果を出す選手や良い選手というのは、出身に関係なく、揃ってみんな『人』としても優れていますから」

 通訳者から分析を経てスカウトへ歩みを進めた経験値はチャンウォン独自で最大の武器であり、さらにいえば、レイソルへのエンゲージメントも強い。あらゆる選手をチェックする上でチャンウォンが持つ、この「フィルター」は信用に足るもの。

 現在は「関根を見つけたスカウト」と言われつつあるし、今後、展開によっては「熊坂を〜」、「桒田を〜」となることもあるだろう。少し言い方は悪いが、ともすれば、「総崩れ」だってあり得た。

 「もちろん、それはありますけど、常にあるのは、『自分1人でやっているわけじゃない』って気持ちなんです。自分は彼らをレイソルへ連れて来るきっかけ作りこそしてはいますけど、最後は彼らがレイソルを選ぶのかどうかという部分もあるので。きっと、レイソルの雰囲気を知ってくれて、チームメイトやコーチングスタッフ、この日立台という環境を気に入ってくれて、加入したいかどうかを決めているのだと思うし。もっといえば、練習参加に来た彼らのことをチームメイトやコーチングスタッフ、強化部も見つめているわけで。彼らをみて、その能力や将来性を含めて、レイソルに相応しいかどうかについて話し合ってくれて、最終的な決断をしてくれている。自分はその領域にはいないので、緊張感はありますけどね…なんていうんでしょう、自分は『入口』を作っているだけですよ」

 関根のカタールでの活躍を「不思議。すごいなー」と独特な距離感から喜んでいたスタンスが腑に落ちた。彼らにこの世界の入口を開放した立場ではありながら、「関根を連れてきたのは自分だ」と声高に言うつもりなどさらさらないのだ。

 「だから、安心して今の仕事をできています。大学リーグの現場で選手たちを見ている『目』は自分なのですが、日立台で、レイソルで、彼らを見ている『目』となれば、それこそ、たくさんあるわけで。その人たちが彼らを見て、『良いよ』って認めてくれるのであれば、自分はそれでいいですよ」

 きっとまたどこかの、人もまばらな試合会場で、静かにピッチへと視線を落とすチャンウォンを見かけることになるだろう。この人は自分の足跡や経験を能力に変えてきた人であり、「チームプレイヤー」。だから、良い仕事ができているし、レイソルのために働き、ピッチ外で戦っている。この数シーズン、レイソルの新加入選手が良いプレーを見せているが、イ・チャンウォンをこのポストに据えたことはもっと評価されていいはずだ。

 これは余談だが、今回ここで語られてきたことのいくつかはもう既に経験してしまった過去のことだったりもする。だから、大学リーグで奮闘する「次の彼ら」たちが突然「キャラ変」をしてももう手遅れかもしれない。チャンウォンはもう見ているし、見抜いている。

(写真・文=神宮克典)