「今年の自分の場合、『自分で掴んだ』という出番ではなかったかもですけど、しっかりと、いつメンバーに入ってもいいような準備をしてきましたし、大事な試合で出場機会を得て、少しずつでも勝点を拾うことができたのは良かったと思いますけど、開幕前や始動時から状態自体は良かったのに、『ちばぎんカップ』でケガをしてしまったり、大事な時にケガをした、もったいない1年だった」
元々、口数が多いわけではない彼が、控えめなか細い声でそう話していた訳だから、本人がルーキーイヤーの自分に何を感じていたのかはすぐにイメージできた。

ただ、それは今から約4ヶ月ほど前の話。
状況は明らかに変わった。はっきり言って驚きだ。
年を跨いだ新シーズンを迎えた2025年。熊坂光希は見違えるシーズンを過ごしている。
「大学時代、『あんな感じ』でしたよ」
「力を見抜いていたスカウトのおかげ」
「シンプルにプロの水に慣れた」
「あ、水といえば、水分の摂り方を変えて足を攣らなくなった?」
いや、分かるけど、それ以上のものがある。
じゃあ、熊坂の何がすごいんだ?何があった?しかし、肝心要な本人の口数は多くない。
「ならば…」と、「周辺」に聞き込みを始めた。
例えば、古賀太陽に言わせてみるとこうなる。
「きっと、『元々持っていたものが出せている』。そこに尽きますけどね、DFからすると、『どんな時も顔を出してくれる選手』ですかね。パスの出し手のタイミングを分かってくれているし、パスを付けてもちゃんとターンをして、前を向いてくれますしね。『チームを前進させる』ためのプレーや判断をしてくれますよね。『熊坂はコレ!』って絞るのは難しい選手ではあるけど、『あと一歩が伸びる守備』もあって、『スペースを埋めること』や『対人守備へのタイミング』もすごく良い。光希がボールを回収してくれる機会が多い気もしています」
2年前にあった練習参加の時期から、古賀は熊坂に良い印象を持っていた。「良いボールをくれるし、タイミングが良い」と話していた。だから、かねてからの一定以上の評価に守備面のクオリティが付いてきた、そんなところなのだろう。

古賀は熊坂の振る舞いや潜在能力にも言及しながら、さらなる期待を込めていた。
「光希は感情を表に出す選手ではないですが、そこも良い方向へ転んでいると思いますね。試合中のメンタルのブレも感じさせないし、そこって相手にとっては不気味にも映るでしょうし。淡々とたくさんのことをこなせていて、試合を重ねていて、自信もつけている。大学時代はゴールも決めていた選手でもあるし、これから攻撃面でも数字を残せる選手になったら、チームをもう1段階上へ引き上げてくれるはず。自分たちも光希の良さをさらに引き出していきたい」
熊坂の周囲を回る衛星の如く、攻守の舵取りを担う原川力にも話が聞けた。この名手は熊坂についてまずこう話した。
「もう、『このままいってくれたら』って選手じゃないですかね(笑)。ポテンシャルが高いし、やれることが多い、なんでもできますからね。J1にも慣れて、今後はもっと力が発揮できると思いますよ。今ある感覚を信じて続けていって欲しいですね」
クラブレベルや代表レベルでも、実に様々な選手たちとプレーしてきた経験を持つ原川。この点においてはリーグでも屈指の存在といっていい選手。そんな「ソムリエ」が感じている熊坂の魅力についてはずっと気になっていた。
「見て分かるように、『あのサイズ感』というのは他の選手にはないもので、彼の持ち味となっていくと思う。『ボールを狩り取れてしまう足の長さ』は特に。そこはある人ない人がはっきりと分かるところですし、光希にはそれがあるし、そこは彼が持つ『違い』。自分が一緒にやってきた選手たちの中でもいないんじゃないかな、『あのタイプ』は…代表にもいないし、いけるんじゃないですかね。基本的におとなしい選手ではあるので、最初はよく自分から『どう?』と声を掛けていましたが、今は良い関係を築けつつある。お互いの中で戦術的な距離感や連携が求められているので、自分の感覚と光希の感覚をすり合わせしながら、もっと良くしていきたいですね」
その言葉にあるように「感覚」は原川力という名手を造ってきたディテールの1つなのだろう。私たちが見る限り、熊坂が持つ感覚を感じ取り、やがて響き合い出した。熊坂が足を痙攣させなければ、その時間はさらに伸びていくのだろう。
原川の話を聞きながら、中盤の底をスタートポジションとする2人の連携からゴールを脅かした埼玉スタジアムでの決定機のシーンが頭をよぎった。

「自分からこちらへ何かの要求をしてくるタイプの選手ではありませんけど、例えば、自分たちが『こうして欲しい!』と要求させてもらったことの全てをやってくれるところがすごいですね。もっと言うと、『ここを潰しておいて欲しい』というエリアもしっかりと潰してくれるんです」
そう話した田中隼人もたくさんの若き優れた才能たちとプレーしてきた経験を持っている選手だ。ちょうど昨年の今頃は「中盤の底の選手のありがたみ」を身を持って知り、「自分は彼らに活かされること」、そして、「彼らを活かす立場でもあること」を学び、体にすり込んできた選手。CB陣の数メートル前方での存在感も強い、熊坂のような選手を語らせるには適役だと思っていた。
そんな田中が改めて強調した熊坂の特長は私も感じていたディテールだった。
「あとはプレーを選択する際、パスを選択して、ボールを蹴る最後の瞬間まで相手を見れていて、状況によっては寸前で『キャンセル』できるところですかね。そこは一番すごいなって思います。完全に相手が騙されているんですよ、プレーをキャンセルした瞬間に。いつもスムーズにキャンセルをして、別の選択をできていますよね。パスを出すフリをして、一度ボールを収めて…というような。あとは『シュートやゴールへの意欲』もあって、決めたいみたいです。よく『決めたい』って言ってますから(笑)」
この熊坂の「キャンセル」。時として、「ダイナミックな切り返し」にも見える。私は今季の熊坂に対して、あの見事な「ターン」と共に「『懐』が深くなった」、「用心深い」と伝え、熊坂の「売り」として共有していた部分でもあった。

ちなみにこの「キャンセル」。私はJ2甲府へ期限付き移籍中の土屋巧も持っている能力だと思っている。「そういえば、2人はよくつるんでいたな」と田中の話を聞きながら回想していた。
熊坂の位置で一度パスをキャンセル。
そこから2タッチ、その数秒間で小屋松知哉は数メートル進めるし、小泉佳穂は首を振りって頭をフル回転させて最適解のスペースを作り、埋める。原田亘は久保藤次郎との間にある「空間駆動」のスイッチを押すことができる。
右足を振る素振りから、もう一度ボールを触り直した熊坂は周囲の状況を確認して、背後に構える3CBへバックパス。そんなシーンはよく見る。その際、熊坂へ向かって迫り来る「周囲の状況」はより狭く、より近い距離になってきている点はやや気掛りではあるが、「事故」は目にしない。この状況の「掻い潜り方」は、相変わらず頼もしい今季の熊坂の「未来」を決定付けるように思う。
また、リーグトップのボールポゼッション率を誇りに感じながら、時として溜め息混じりに語られるこの「『キャンセル』からの『バックパス』」ー。
その回数がその率を高めている要因であり、「ボール保持型」のチームにとって重要だということは多くの方々に理解して欲しいところではあるのだが、今回はそろそろ熊坂の言葉が必要な気がする。
だけど、肝心な熊坂本人ときたら、「自分に関心がないのか?」、「もしかして、私も『キャンセル』をされている?引っかかっている?」と思うほど、どこかのんびりとしている。でも、なんだか「怪物」っぽくて面白い。
「え?…『キャンプでレギュラー組に入った時』ですか?…うーん…『ビブスが渡されたな』って思いました」
「ワンくんに褒められて…?……うれしいです」
「デクラン・ライス(アーセナル)に?…なりたいです、がんばります(笑)」
「攣らなくなった?…水、飲むようにしたので(笑)」
そんな感じだから、聞き甲斐もある。こちらが熊坂へ向けて投げ掛けた質問への回答をくれるまでの沈黙や余韻に関しては小泉に匹敵する味わいがある。妙にハキハキと答えられても、なんか違う。
ただ、確信している感覚や自信についてはしっかりと話をしてくれる。
犬飼智也が「MVPだって言ってあげて」と最大の賛辞を送るほどの「大仕事」をした埼玉スタジアムの取材エリアでさえ、ほぼ声を掛けられていなかったことについてはただただ疑問だったが、ここにあの日の熊坂をしっかり残しておこう。
「少しずつですけど、相手を見ながらプレーをできるようになってきた気はしているんです。『懐の深さ』というか、ボールを持った後の選択肢は広がっているように思います。相手を見て、良い立ち位置からプレーしていく自分たちの良さが前半からよく出せていたと思います。力くんとも適切な距離感を保ちながら、佳穂くんたちへテンポ良くボールを動かすことができていた。開幕をして、何試合か経って、少しずつ試合の雰囲気にも慣れてきたので、ゴール前への進入や自分らしいテンポでボールを捌くことができるようになってきているかなと思います」

選手として腕を上げている実感と共に、たくさんの人たちに愛される・支えられる喜びも知った。
「昨年もここで出場したのですが、たくさん応援に来てくれていましたけど、平日のナイトゲームでしたし、サポーターの数も今日ほどではなかった。今日は『サポーターの力ってすごいな』ってすごく感じていたし、みなさんの前で今日勝てたのはうれしかったし、『サッカー選手としての特別なスタジアム』でもあるこのスタジアムで勝てたこと。その中に自分がいられたこと。みなさんに勝利を届けられたこと。うれしかったです」
だから、選手としての野望は広がるし、あの熊坂にしては力強くスイスイと口を突いて出てくるし、聞いている側への妙な説得力も付録として付いてきた。
「自分の中では『ゴール前でチャンスがあれば、どんどん前へ行く』という狙いが試合前からありました。力くんとの崩しはイメージ通りでした。次は必ず仕留めたい。今までのできている仕事をした上で、『試合を決めるラストパスやゴールを決められる選手』に自分はなりたいですし、『1人で守れてしまう選手』にもなりたいですね。『攻守全部ができる選手』に」
何度か大きく頷きながら、取材を終え、「マン・オブ・ザ・マッチだった!おめでとう」と熊坂をチームバスへ繋がる導線へ送り出してはいたものの、その刹那…「待ってくれ。君が描く理想はよく理解できる。それは『世界基準』を意味している。でも、もし、その通りの選手になってしまうと、それが早ければ早いほど、きっと私たちは『レイソルの熊坂』を楽しめなくなる日が早まってしまうんだよ。君は今、『そのレーン』に立つ手前にいるように見えるから」ー。
つい、そんな言葉を投げ掛けることを忘れてしまった。
私たちは「すごいもの」を目の前で見ているのかも知れない。でも、きっと、熊坂はまだそれを知らない。
(写真・文=神宮克典)