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存在がアティチュード-犬飼智也 

レイソルコラム

 「はじめまして。犬飼です。『ワンちゃん』って呼んでください。でも、『ワンさん」はちょっと…『ワンちゃん』でお願いします!」

 2023年初夏にあった犬飼智也の素敵な挨拶から2年が経とうとしている。

 当時の柏レイソルはやや手薄だった守備陣の選択肢を探していた。もっと言えば、「本格的な守備者」を求めていた。これまで数多クラブを渡り歩いてきた経験や主力守備陣たちの年齢的なバランスも含めて、「犬飼智也獲得」という判断は素晴らしいチョイスだった。

 当時、古賀太陽とのコンビで奮闘していた立田悠悟(岡山)も清水の大先輩である犬飼の加入に際し、古賀に対して、「良い選手が来てくれた。間違いない選手が来た」と話していたというし、犬飼の浦和時代のチームメイト・江坂任(岡山)も「まず、人間として素晴らしい選手で、自分も大好きな人。ケガはあったけど、それ以外の理由も無くて、『なんで試合に出られへんねん?』という存在だった」と話してくれたことがある。また、「犬飼と旧知」というメディア陣たちも揃って「ワンちゃんはいいでしょ?」と言っていた。もれなく、揃ってみんな、「何がいいのか」は言ってくれなかったが…。

 加入してすぐにチームは勝利。その価値を証明してみせたあたりは「さすが」のひと言だったし、選手としてチームにもたらした部分だけでなく、ライフスタイルなどを含めて、明らかに「異文化圏」からのレイソル加入。筋トレに打ち込むのなら、知らないうちに筋トレ用のオリジナルグッズを作ってしまうあたりも当時のチームにとっては良い風となっていた。

 また、ある試合では、時として「猛犬」然と振る舞うことで知られる選手に対して、誰よりも素早く、単独で「コミュニケーションの範囲」を逸脱しない対応を見せて直後に「せいぜい元気な仔犬」化。「背負った名字は伊達じゃない…」と思わされたことを憶えている。

 勝ち切れないサイクルの中、やっと勝利を掴んだある試合の後にはサポーターたちと喜びを共有するチームメイトたちを残し、手を叩きら何やら大きな声を出しながら、ひとりロッカールームへ引き上げようとした。

 「サポーターたちがいつもポジティヴな雰囲気と声援で自分たちを後押ししてくれていることには感謝しているし、みんなの気持ちも分かる。だけど、自分としては『…ちょっと長いな』と感じたのが正直な気持ち。だから、自分から『もう、次だ!次!』と叫んだんです」

 そもそも、そんな人だ。

 加入の経緯もプレースタイルも目を引いた。常に人が集まり、チームにあったムードをガラリと変えたあたりはあっぱれだった。

 それでいて、当時のキャプテンであった古賀太陽への敬意を忘れず寄り添うように振る舞った。犬飼にラベリングされていた「期限付き」というラベルはすぐに目立たなくなった。そのような振る舞いなども手伝ってか、それほどの時間を要さずに「ほぼキャプテン」のような存在感を放っていたことについては私なんかよりもレイソルを見つめるレイソルサポーターたちの方が目ざとく捉えていたはずだ。

 言うなれば、全体が見えているから、何をすべきかをすぐ理解して実践できる人なのである。

 これ以上を書き連ねてしまうと、何かしらの「御用記事」になってしまうので、このあたりで話を展開させてもらうが、開幕を前にしたキャプテンの変更に異論はなかった。

 だから、2月の取材日に犬飼を呼び止めさせてもらった。「所信表明」…いや、「アティチュード」を聞かせてもらいたくて。「チームからの打診を受けて」という切り出しから犬飼の所信表明は始まった。曰く、「自分も『キャプテンになろう』と思えたので、すぐに責任や覚悟は強くなった」と私へ説いた。

 前任者の古賀と大谷秀和コーチの名を挙げてから、「彼らのような『ザ・キャプテン』という立ち振る舞いや背中でみんなを引っ張っていくキャプテンたちと比べたら、ちょっと頼りないかもしれませんけどね」とはにかむ新キャプテンが描いたシルエットに話が及んだ。

 「自分には色々な『経験』がある。ただ、『スーパー』な選手ではないし、『リーダー』なタイプでもなく、まだまだ足りていないところがたくさんあって。だから、チームのみんなに対して『気がつけるところ』がある。そこは自分の『キャプテンとしての強み』なんだと思います」

 さらに「キャプテンとしての強み」、そのディテールについてはこう説いた。

 「うまくいかなかったり、試合に出られていない選手たちに対しても…自分も同じような経験をしてきた選手なので…ケガによる長い離脱も経験していますしね。プロとして色々な立場でここまでやってきた自信はありますから。自分がキャプテンとしてやれることはそこなのかなと思います」

 そして、今回、犬飼キャプテンが説いたアティチュードの中で私が最も気に入っているものは次の通りである。

 「自分はキャプテンになりましたけど、チームのみんなが引っ張っていけるようなチームに。チームのひとりひとりが『チームのことを自分ごとに』思える集団になっていけたらなって思っています。自分は『引っ張っていく』というところも大事だと分かっていますけど、『寄り添っていくところ』も大事にしたい。その時によって、その状況によって、自分ができることをやっていこうと」

 今シーズン、新たにレイソルへ加入してくれた選手も多い、世代差も豊かになった。サッカー自体が変わった。元々、様々な個性が感情が入り組むのがサッカークラブ、サッカーチームが持つ性格の1つだとしても、まずは何よりも「チーム」が優先されるべきだ。この点において、レイソルは心配はいらないタイプのクラブだと確信を持って言えるが、「誰ひとり置いて行かない」、そんなアティチュードすらも感じられるほど、豊かな考えであった。

 だが、その懸念自体を一切無いものとするような、アティチュードはこのあとに発せられた。

 「だから、レイソル…楽しみにしていてください。自信があります!」

 ちばぎんカップで見せたサッカーは私たちの希望と自信となり、この先に開幕を控えたタイミングで発せられた犬飼の言葉の刺さり方は特別なものがあった。このあたりのジャッジも新キャプテンの魅力だと思っている。

 開幕直後のある試合ではベンチサイドでリカルド・ロドリゲス監督と村松尚登通訳と激しい応酬が繰り返されたピッチを見つめ、何やら熱っぽく語り合っていた。

 その真相については「あれは企業秘密です!」と笑いながらケムに巻いていたが、あの試合のあの時間帯にピッチにあった景色を見れば、なんとなく「答え」の想像はついていた。

 そんな振る舞いや見え方も実に印象的ではあった。

 では、どうか?その後のレイソルはどうなんだ?

 再び犬飼にマイクを向けたのは3月の愛鷹広域公園多目的競技場。試合を終えた犬飼はカレーを片手にこちらへ歩み寄って私の隣へ腰かけた。よく煮込まれたいい匂いを風に乗せて。

 カレンダー的にはこのルヴァン杯・沼津遠征で最初のターンが終わると言っていい。

 そんな説明をしてから、力強くカレーを頬張った犬飼へマイクを向けさせてもらった。

 「新しい変化があった中で勝点も重ねられている。これはチームにとって乗りやすいですし、前向きに戦っていける雰囲気を早めに作ることができた。練習をしていても、試合をしていても、良い感触や手ごたえを感じながらやれていることが、今のスタイルの確立に向けて大きく活きていると思いますし、併せて、『まだまだここから成長できる』という手ごたえも残していて、すごく良いサイクルに入ることができているなと感じている」

 そうなのだ。全く言う通りなのだ。

 このチームはまだ完成をしていないし、成長の余白を豊かに残している。さらに付け加えれば、「失敗らしい失敗」すらせずにいる。奇しくも、この沼津遠征では今季初めて見せた「守勢」というシチュエーションは少し気がかりではあった。

 私たちはまだ慣れていなかった。

 まだ、「良いところ」しか知らなかった。

 知るべきことをまだ知り切れていなかった。

 メンバーも異なり、程良い調律までに時間が必要だった。

 散水はあれど、大歓迎されているとは思えないピッチ状態も無視はできなかった。

 犬飼を前にもっと多くのことが頭の中を駆け巡ったが、犬飼はこう話した。まるでたしなめられたかのようだった。

 「今日のような難しいゲームがあったり、先日の鹿島戦のように、『結果・内容が伴わない試合』というのは出てくるもの。それこそ、年間40試合近くあるわけですから、必ずそんなタイミングは来る。そんな時にもう一歩というか、自分たちが自分たちを信じて、ブレずに戦い続けられるのかどうかが、『自分たちは強いチームになれるのか』においてすごく大切になる」

 ロドリゲス監督とは「2回目の仕事」となる犬飼。前回は浦和で。そして、今年レイソルで。ロドリゲス監督も犬飼へ厚い信頼を寄せていることは今回のキャプテン任命や知り得る限りのコミュニケーションを含めてこちらへも伝わっている。

 以前には、ある時は個人的関心で、またある時は従軍記者として両者の距離感を尋ねてみると、「ずっとリカのことはすごくリスペクトしていますよ。素晴らしい人だし、頭の良い監督だということを自分はよく知っている」と話してくれたことがある。

 まさにチームメイトが「なんで試合に出られへんねん」と思うほど、「トップ・オブ・トップ」がひしめいていた中での前回の「強烈な仕事環境」とは少し異なる現在の仕事環境だから見える・言える「レイソルの素顔」が少し気になった。

 「もうずっと、みんながすべきことしてくれているんです。試合に出ている選手たちも出られていない選手たちもみんなね。キャンプからここまでずっとみんなが『良くなりたい』とやれている。やっぱり、そこがレイソルらしさですしね。だから、『良いチーム』にはなれているんですよ。みんながいつもまじめに取り組んでくれているもんだから、キャプテンとしては『キャプテンらしいこと』をする機会があまりないまま、ここまで来ちゃっているんです。これはすごくいいことですけどね(笑)」

 様々な見解や表現でポジティヴに伝えられるケースが多い現在のレイソル。その代表的な競技的ディテールとしてあるのはとても前衛的な3バック。彼らが持つ戦術的にユニークなキャラクターは現在の「実はボールを握るよりもまず奪い返すことに長けた」レイソルの象徴でもある。成瀬竣平を加えたこの日はまた新たな変化を見せていた。

 今更、特筆するほどでもないが、このDFラインは犬飼の「仕事場」である。キャプテンとして、「チーム」のことばかりではなく、「犬飼は今どうなんだ?」についてのクエスチョンにも躊躇なく応えてくれた。

 「DFのシステムもやっていて楽しいですよ。今の自分は控えに回っている状況ですが、見ていても、入ってみても良いなと感じていますし、特に太陽のことは頼もしく見ていて、もう普通に、『スゴいな…』って(笑)。例えば、太陽やワタル(原田亘)、スギちゃん(杉岡大輝)。今日のメンバーも含めて、みんなスタイルが違う選手ですし、自分も試合に出れば、『良さ』をプラスアルファできる。さらにタナ(田中隼人)も加えて、良い競争ができている。みんなで前向きにトライをできていて、ここまで来られている。ただ、自分も全然満足していないし、チームも、もっと言えば、今の自分にも必要なのは『どっしりとやり続けること』だと思っています」

 試合の終盤に起用され、守備を固める姿も良いには良い。誰もができる仕事ではないが、もっといい姿が他にもあることを私たちは知っている。それだけのアティチュードを見せてきた人である。

 右手ですくっていたカレーはもうひとさじほど。あのいい匂いはどこへやら。何度か気持ちの良い脱線をしながら進んでいったこの取材をそろそろ終えなくてはいけない。やはり最後は「では、そろそろ『キャプテンの逆襲』を始めなくてはいけませんね?」。そのように話を向けた。

 「それはもちろんやらないと。シーズンが終わった時に、自分たちを見てくれている人たちに『結局、犬飼が出ていたね!』って思わせなくてはいけない。『犬飼がいた試合って固くて良いゲームが多かったな!』って思ってもらえるように、日々変わらずしっかりとやっていきたいですね」

 そして、最後の言葉はこうだった。

 「レイソルはもっと良くなりますから」

 システム論を用いることなく納得できる証言は実に雄弁だ。そして、この話にはまだ続きがありそうだ。レイソル同様、私たちの新しいキャプテンにも豊かな余白と私たちを突き動かすアティチュードがあるから。

(記事・写真=神宮克典)