2024年の戸田伊吹

レイソルコラム

年末の栃木県さくら市のさくらスタジアム。

辺りは薄暗く日没が迫っていた。

遠くからは勇ましい雄叫びが響いていた。

響くのは少し乾いた労いの拍手。

 顔をしかめてしまうほどの突き刺すような冷たい風が、悪戯に「まだ終わりたくないよ…」というチームスタッフの声を運んできた。

 もしかしたら、日没のタイミングでよかったかもしれない。戦っていた側も見守っていた側も目は真っ赤。だいぶ潤んでいたから。

 2024年12月22日に開催された「第73回全日本大学サッカー選手権(インカレ)」ノックアウトステージ準々決勝敗退で筑波大学蹴球部ヘッドコーチ・戸田伊吹の2024シーズンが終わった。



 戸田を囲む筑波大の選手たち。呼吸の荒さは選手それぞれ。誰かの嗚咽がまた誰かの嗚咽を誘い、誰かの涙がまた誰かの涙腺を刺激した。皆一様に虚空を見つめる中、話を始めた戸田も号泣していた。

 戸田がチームへ向けて話した内容は謝意や労い、激励。そして、謝罪だったと思う。

 その後に気を取り直してから、数分の談笑こそしたものの、とても取材などと言えるタイミングではなかった。戸田は分からないが、少なくとも私には無理だった。

 後日に仕切り直しの時間をいただく約束をして、この日は凍てつくさくらスタジアムをあとにした。

 仕切り直しはよりによってクリスマス・イヴ。

 場所は筑波大学第一サッカー場。

 チームの練習試合を見届けていた戸田は「筑波大学の冬の夜はどうですか?寒いでしょ?」と笑っていた。そこから簡単な雑談を交わしてから本題に。

 「ヘッドコーチとして何を感じた?何を思った?」

 そんな話の入りだったはずだ。

 少しだけ穏やかな表情を見せた戸田はヘッドコーチとしての「デビューシーズン」をこう回想してくれた。前置きなどは無い。シーズンをやり遂げたストレートな気持ちを教えてくれた。


 「自分の『力不足・実力不足』を痛感したシーズンでしたね。そこが一番大きなところです。ケガ人が多く出てしまったという事情はあるのですが、抱えているタレントはリーグでもトップレベルだということは間違いのない事実。言い訳になりません。どの大会も良い戦いをして、惜しいところまで勝ち進むことができていましたけど、タイトルを取れていない。あれだけの素晴らしい選手たちを抱えながら、日本一になれず、タイトル無しに終わってしまったのはヘッドコーチである自分の実力不足が理由だと思う。そこを痛感したシーズンでした」

 そうは言うが、インカレ・明治大学戦で見せた筑波大のサッカーは結果を除けば戸田の現状の集大成と思わせる、素晴らしい内容だった。強烈な北風にボールが流される展開が長く続いた試合だったが、風が収まりだした試合後半や延長戦の中では目先の準備だけでは表現できない連動性を持った攻撃で堅守の明治大を押し込み続けた。

 「シーズンを通して様々な戦い方を求めて勝ってきたチームではあります。また、その時々で良い状態の選手、ケガから戻ってきた選手たちを含め、彼らにとってベストなパフォーマンスを出せるよう考えて実行してきました。開幕してからしばらくの間は『前へアグレッシブに』というような狙い、その後は『自分たちが使いたいスペースを共有しよう』と、少しずつ人と人が繋がるような狙いを持って戦ってきた。リーグの終盤に差し掛かる頃には『自分が本当にやりたいこと』が落とし込めていたし、インカレでは本当に良いサッカーができていた。右往左往しながらも、『落とし込みたかったもの』や『共有したかったこと』が試合で表現できていたと思っています」

 ただでさえ2023年と2024年の関東大学リーグ王者の一戦。共にJリーグ内定を決めていた筑波大・佐藤瑠星と明治大・上林豪という大学サッカー界の2大GKがゴールを固め、誰が何をして、どう迫ってくるかも分かり切っている両チームは2時間の間、掴み合ってお互いの頬を張り合うような試合をした。

 戸田が志向する筑波大の戦い方を打ち負かすのはだいたい明治大のような戦い方。明治大の堅守を打ち負かすのはだいたい戸田が志向する筑波大の戦い方。そうは思いながらも、選手たちの奮闘や意地に何度も驚かされた試合だった。

 ライブ配信のYouTube上でもJクラブもビックリの同時接続数や視聴者数を記録した一戦は明治大が勝利。筑波大は良い試合をしたが、勝てなかった。遡ること2023年も頂点を目指して、インカレを戦っていた筑波大の行く手を阻んだのは明治大。2024年も明治大には春の天皇杯しか勝てていない。関東大学リーグのタイトルは明治が奪い去った。いつも明治大が筑波大と戸田の前に何が立ちはだかった。

 だが、ルーキーイヤーを戦う学生ヘッドコーチが相手にするのは酸いも甘いも噛み分ける「手練れ」とも「大学サッカーの巨人たち」とも言える名将たちだ、簡単なことではない。

 「もちろん、いつも勝つためにやっていて、負けるつもりなんて一切無いです。リーグ戦では1週間の準備期間がある。戦ってくれるのはいつだってピッチの中の選手たちですが、指揮を執っている立場として、どんな試合でもどんな監督さんを相手にしても、『チームの構造や仕組み、各選手に与えるタスク』で相手を困らせられるよう常に準備してきました。とはいえ、困らすことも勝てなかった試合も何試合もありました。もちろん、明治大さん以外にも。チームが勝ってくれて、選手たちは喜んではいるけど、自分は悔しさ半分ということたくさんあるんです。その意味ですごく大きな経験をさせてもらうことができました」

 だが、ここで容易く「誰々監督には敵わない」、「完敗でした」などと口にしないところが、私の戸田の好きなところ。少なくとも今は意地でも言ってはいけないことを戸田は知っているのだ。


 そして、その後に口をついたのがこの言葉。戸田の競技愛やどのような指導者を志すべきなのかを指し示す言葉たちだった。

 「まず言えるのは、『自分はもっとサッカーへの理解を深めていかなくてはいけない』ということ。最後の明治大戦も良い時間は作れながらも停滞していた時間もたくさんありましたから。あの日は天候などの条件も難しいところはありましたけど、ただただ、サッカーという部分で、『今、チームが良くなるために何が必要なのか』や『状況に応じてどんなことをするべきなのか』など含めて、サッカーへの理解を深めるべきなんだと感じています」

 予めの想像や判断は常に重要だ。試合中もピッチとシステムボードをよく見つめていた。試合後にもボードを傾けて選手たちとよく議論をしていた。理解を深め合うために。

 また、戸田はその手前にある外的要因についても言及した。声のトーンこそ変わらないが、ところどころの言葉尻に後悔の念を感じた。いや、これは外的要因?内的要因?…とにかく、ことは複雑だ。

 「また、そこに付随して、この『サッカー』というスポーツは本当に複雑なスポーツ。明治大戦では風の問題があった。連戦をこなす大会でのフィジカルコンディションの問題もありました。同じように選手それぞれのメンタルコンディションだってある。ピッチ内での事象に関する理解もそうですが、このサッカーというスポーツを取り巻いている色々な…要因?そこも含めて、もっと知って、もっと考えて、チームを動かすことが必要なんだと。まさに『痛感させられた』という感じです」

 そして、「指揮官が号泣していいのか?」という外的要因にも向き合ってみた。

 「そうなんですよね、ほんとに」

 そう照れ笑いを浮かべた戸田はこちらの茶々のような質問にも付き合ってくれた。


 「そもそも、あの日は泣くつもりなんてなかったわけですけど(笑)、最後の最後まで。チームを率いてきた身として、涙無しで言葉をみんなへ届けたいと思いながらも、選手たちが泣きながら自分の方へと集まってくる姿を見て、堪えることができなかった。このチームには特別な思いを持っていたので。この先、絶対涙を見せている場合じゃないことだってあるはず。指導者として…涙を見せることも自分らしさなのかもですが、間違いなくそれが許されない場面の方が多いはずなので…これも経験ですかね」

 このあと、話は不意に「選手たちのアスリート化」へ向かうのだが、実に分かりやすい回答と自分自身の立ち位置を鮮明に伝えてくれた。

 「アスリート化は進む一方だと思います。Jリーグもだいぶ変わってきているし、欧州などはまさに顕著。だから、ピッチ内での事象や現象も既に強烈に変化していると思うんです。ただ、人間がやるスポーツなので、進化についてはいずれ止まるはずで、その時に必要になるのはやはり『サッカーへの理解』や『技術』、『インテリジェンス』もそう、そのあたりが必要になるのではないかと。『最先端を追求する大学で指揮を執る身』としては、このアスリート化へのアプローチも大切だと分かっていますけど、『選手を育てる指導者』としては選手の限界は選手によって異なるものなので、何を与えて、どう良くしていくのか考えていかなくてはいけませんね」

 さらに分かりやすく噛み砕いてもくれるのだ。

 「でも、『ヨーイドン!』で速い選手が目立つことがあったとしても、サッカーがそのような変化を見せたとしても、『ヨーイドン!』でスタートを切る選手へと『良いボールを出せる選手』が間違いなく必要になるんで、自分はそこへの関心を忘れたくないですね」

 クリスマスイヴに野郎2人で何を話しているんだというシチュエーションは佳境に。

 先にここで伝えてしまおう。

 戸田は来年も筑波大学蹴球部を指揮する予定だ。

 いつぞや公共放送で口にしてくれた「柏レイソルへ帰って、J1で優勝させたい」という戸田の夢はまた1年向こうに下がった。

 この半年間は様々なコンセンサスを取っていた。相手は筑波大学と柏レイソルだと聞いていた。気持ちは焦らずとも、少しばかり揺れていたかのようにも見えたが、そこはやはり指揮官。決断は早かった。私も賛成だ。

 「次のシーズンに入ってみて、新しく来てくれる選手たちがどんなものを見せてくれるのかを見極めてからにはなりますけど、自分の中にあるのは『自分たちが時間とスペース、ボールを支配して、コントロールしながら試合を進めていくこと』になると思います。リーグ終盤やインカレで見せられたようなサッカーですよね。自分もそんなサッカーが好きですしね、チームに、いてくれる選手たちに何を与えられるのか、落とし込めるのか…今までチームを引っ張ってきた世代が卒業をしていくからこそ、指導者として、その能力が試される、そんな思いです」

 随所に違いを放つ内野航太郎を筆頭に、小林俊瑛、徳永涼、小川遼也、廣井蘭人…私が知るだけでも、あとに控える非凡以上のタレントたちはいずれも湘南へ加入した田村蒼生を「過去の先輩」に変えてしまう可能性を秘めていた。このグラウンドはそれが起こりうる場所だから。

 また、高体連の有力校から「スカウトではなく自らの意思で」筑波大へ進む新たな俊英たちの入学が控えているというし、有能なタレントを抱えるチームには練習参加や代表選出といったうれしい悩みが付き纏うのはこの世界の掟。戸田のすべきことはまだまだたくさんある。

 それから、我々特有のアングルからある質問をさせてもらった。

 質問の概要としては「実は大学リーグ内で活躍するレイソルっ子も増えてきましたよね?」というもの。

 「後輩のレイソルアカデミー出身選手も増えてきて、リーグで対戦する機会も増えてきました。例えば、ずっと戦ってきた中島舜は良いアタッカーだし、どちらかというとレイソルアカデミーっぽくないところが良い選手だから、ちょっと違うのですが、自分は基本的には相手にボールを持たれたくないので、いわゆる『アカデミー的な選手』、東洋大学の湯之前匡央だったり、桐蔭横浜大の関富貫太だったりは事前のスカウティングの時から『嫌だな…』と思いながら、自分もそこで育ててもらったくせにボソボソ言っていますよ(笑)。彼らはチームの中で『何をすればいいのかを知っている』のが分かりますし、嫌なポジショニングとボールの持ち方をするんです。いつも『レイソルっぽいな』と思わされています。ただ、自分たちの時代よりもパワフルな選手が増えてきたのもレイソルアカデミーの今の流れですよね。自分も卒業論文用に藤田優人さんや御牧孝介さんからお話を聞かせていただいて、そのあたりの変化については見つめています」

 柏レイソルに纏わるところでは、チーム内外で評価の高い、2026年加入予定の東洋大学・山之内佑成に関する話、天皇杯以降にレイソルサポーターから戸田へと集まった期待に関する話などの脱線を見せた挙げ句、「その論文の公開を希望する」と伝え忘れたまま、取材は最後の質問へ。

 「自分はどんな指揮官だった?何ができて、何ができなかった?」

 そのような質問だったはず。

 ここでも風が邪魔をした。録音からは風によるノイズ混じりの戸田の声。

 「うーん、遡ってみると、今年は勝利へフォーカスしていたのだと思います。本当はもっと色んなことをチームや選手たちに伝えたかったですが、自分に余裕も無くて、注力できない自分もいた。大学トップカテゴリーならではの難しさでもありますし、『伝えること』と『勝つこと』の両立は難しかったです。戦い方で云えば、やっぱり『バランス』ですかね。どうしてもシステムや配置に目が行くものですけど、どんなシステムであろうと、その試合の中での『最適なバランス』を見つけられさえすれば、良い試合ができるから」

 きっと試合毎や時間毎、状況毎に変化していく最適なバランスを探し続けることになるのなら、さらに忙しくなる。新シーズンもシステムボードに囲まれた中でボードを繰り返し調整する戸田の姿が増えるかもしれない。

 オフには海外視察の機会を得るというご褒美にもありついた。イングランド・プレミアリーグやドイツ・ブンデスリーガといったトップリーグを巡り、モダンを吸収する予定になっていた。

 その話もまた聞きたいが、今日はこのへんで。

 私がこれだけの文字数を用いて言いたいのはこれだけ明確な返答や言語化をできる、しかもカジュアルではなく、本気の野心もあるヘッドコーチがいるチームは強いということを伝えたかったからだ。

 最後はあの日号泣の中で話していた言葉で終わろうと思う。不覚にもうろ覚えだが、そうしよう。

 「明治で始まり明治で終わってしまったことは申し訳ない。来年は今年以上にもっと厳しい戦いになる。だから、強くなろう。自分も努力する。絶対に勝とう」

大丈夫だよ、これでいい。

絶対に伝わっているよ。

だから、次は必ず勝て。伊吹。

(写真・文=神宮克典)