「どうした?聞こえねえぞ!」
5月の川崎フロンターレ戦。
同点ゴールを決めた木下康介はチームメイトからの祝福や抱擁に応えてから、そう叫び、レイソルサポーターを両手で煽っていた。そして、その煽りに呼応するかのようにサポーター席の熱気はさらに沸騰したという光景を私は気に入っている。
その光景を写真に収めながら、頭に浮かんだのは、その少し前に試合後のサポーターたちの会話の中から耳に飛び込んできた「キノシタ・ニキ(木下兄貴の意)」という愛称だった。スタンドを煽る姿に数々の説得力のある仕事ぶりも併せて、勝手ながら実にしっくりきたことを覚えているし、過去には「自分は何でもできる選手。頼って欲しい」と言い切っていたあたりも「キノシタ・ニキ」のイメージに拍車を掛けた。以来、私も木下を「ニキ」と呼んでいる。
話を戻す。
この川崎戦、木下は面白いようにボールを収めて、攻撃を彩ってみせた。中央やサイドからも決定機に関わった。たとえ、川崎の2選手に包囲された不利な状況でも両足でボールを挟みながら脱出してしまうほど光っていた。
「攻撃で存在感を出せたと思うが、もう1点、2点と取れるチャンスはあった。その次に来たチャンスでボールを浮かせた判断については…GKの姿が目に入ってしまった。GKと勝負に負けた。彼が一枚上手だったということ。過去の川崎との対戦について自分はよく知らないが、このアウェイで難しい相手と戦って、特に後半に一方的な展開に持ち込むことができたのはポジティヴだと思っています」
スタメン出場でも途中出場でも、1トップでもサイドでも、トップ下でも、その持ち味は光っているし、チームにフィットしている。木下はこれまでの自分をどう評価しているのだろうか。
「調子は良いと思うし、今季の最初は軽いケガもあったし、出場機会も限られてはいる。今はそれがある意味で、戦術の一部にもなっているけれど、個人的には『難しい起用のされ方』だとも思いながらも、点は取れているし、決定機も作り出せている。ポストに当たったりもありますけど、シュートは打たないと入らないので。難しいなりにポジティヴにプレーできている。どのように起用されるのかは自分たちでコントロールできないから、『与えられた時間の中で自分は何ができるのか?』にこだわろうということ。これは開幕からずっと意識しているし、もっとボールに関わりたい。ゴールはもっと取れると思っている。今後もどんな形で起用されても貪欲にやっていきたいなと」
難しい起用法になるのは木下へのチームの信頼の証であろうと考えるのが妥当。「流れを変えること」や「戦術にプラスアルファを加えること」など、選手交代のコンセプトは様々ある。今季の木下を喩えるなら、限られた時間でその両方に応えた上で、試合展開を変えてくれる「ゲーム・チェンジャー」。
この木下と同じく「戦術的懐刀」となって、抜群の相性を発揮している島村拓弥と共に、ベンチに置いておきたい気持ちはものすごくよく分かる。
「途中出場の選手というのは、『スタメン出場へのアピール』という気持ちを込めてプレーするものだけど、今の自分の場合は『チーム事情も含めて』というところと、『途中出場なら、限られた時間で見せる』と臨むし、自分が『ゲームを作る』のではなくて、良い意味で『試合を壊していく』ー。それが自分の仕事だと思う」
確かに高さでも速さでも、あるいは駆け引きでも試合を壊している。また、ある試合では挑発的なテクニックで空気を変えた。左サイドでボールを受けた木下はボールを浮かせながら前を向いてドリブルを開始するのだが、明らかに余分なリフティングを1回挟んでから『仕掛け』に入ってみせた。
「あれは…ちょっと『エンタメ』(笑)…?その方が楽しいんじゃないかなって。状況的には追いつかれた後ではあったんで、もし、あの時リードしていたら、もうちょっと空中で触っていたかった。勝ち越しにいかないといけなかった状況だったので、1回でしたけど…『遊び心』は忘れたくないので。もちろん、試合には勝ちたい。でも、遊び心は忘れたくない。だから、あのくらいにしておきました」
「エンタメ」と喩えたテクニカルな部分を支える体全体の動作も興味深い。190センチの上背を活かした空中戦で守備者ともつれる場面をあまり見かけない。マテウス・サヴィオも「康介は他の選手よりもプレーの初動に優れている。それが今の活躍に繋がっていると思う」と話していた。また、細谷真大や小屋松知哉らと同じく、相手の懐に迫っていくプレッシングも見事だが、やはり、ボールを扱う際の下半身のしなやかさは特に印象的だ。
「何か、サッカー以外の、例えば格闘技などのベースはあるのか?」。そう尋ねてみた。
「格闘技?全然、やってないですよ(笑)。ただ、これまでの自分はよくケガをしていたし、その期間が長かった。それ以来、体の動かし方や使い方については専門家の方から意見をもらいながら改善に取り組んでいる部分でもあるし、『成長過程』の一部だとも思っている。今からシュート練習をしてシュートが上手くなるというより、自分の体の具合を調整しながら、その中で良いシュートを打てるようになればと。サッカーだではなく、どの競技にも共通する体の動きを丁寧に突き詰めて、今に至るという感じです。今までやってきたことが徐々に実ってきているのかなと」
厳しい日程の中の前半戦を終えるタイミングでチームとして複数得点を記録する試合も増えた。順調なシーズン序盤を経て、勝利には見放される時期もあったが、順位的にも内容的にも大崩れすることはなかったレイソルの攻撃面について、チームのリーディングスコアラーでもある木下はどう感じているのだろうか。
「点は取れるようになっている。まずそれはある。少しの間、ロングボール頼りのようになっていた時期もありましたけど、今は前線へ縦パスがしっかりと入るようになったし、サイドからでもクロスまでの形が良くなっている。選手たちの自信なのか、チームの共通意識なのか、確実に進歩はしている。自分はFWなので、ボールが来なきゃ話にならない。だから、常にみんなと話して要求をしている。日程的にも準備に掛けられる時間は限られている分、コミュニケーションを取ってここまで来られたし、点が取れたり、試合に勝てたりすれば、自信に繋がりますからね」
攻撃面の転換期を迎えつつあるこの7月には鹿島アントラーズから大型FW垣田裕暉が加入。187センチの垣田と木下とのツインタワーはレイソルの新しい武器となるだろうし、木下&垣田&ジェイ・フロートのトリオにも、ケガから還る真家英嵩を木下がどう使うかにも興味がある。また、大きな自信と共にフランスから戻ってくるであろう細谷とのプレーにも期待がかかる中、このペースでいけば、2桁ゴールだって見えてくるシーズン後半戦の見通しに話が及ぶと、少し意外な表現を用いて意欲を口にした。
「理想としては、『途中出場時にできていることをスタメンで90分間やれたら』という気持ち。今季の自分は『新加入選手』ですし、そもそも、『未だ成長過程にある選手』だと思っていて、昨年からの成長も感じているし、チームの戦術の中で、もっと長い時間自分らしさを出せたら。でも、まぁ、どう自分が起用されるかについては、チームに任せているので、今のプレーの質や状態を継続していくことはすごく重要で、それをコンスタントに出していくことはできているから、この状態をシーズン最後まで続けたい。ゴールは増やせていますけど、まずは『次の1点を』と」
未だ成長過程にある選手ー。
貪欲だ。
ならば、私たちも貪欲に見届けよう。
そして、最後に。
「サポーターが自分を応援してくれる歌を作ってくれたことはうれしいですよ。歌、変わりましたよね?その気持ちに応える結果を残していかないとって思っています」
よかった。ゴール裏からファンファーレはちゃんと聞こえていた。
(写真・文=神宮克典)