夏目漱石の書《書の力 第52回》

ふれあい毎日連載

夏目漱石(1867―1916) 五言二句  紙本墨書 一幅 140.8×39.6㎝ 成田山書道美術館蔵

『吾輩は猫である』『坊ちゃん』『草枕』などの著作で知られる小説家の夏目漱石。書画に親しんだことでも知られ、良寛や松山の僧・明月、中林梧竹、副島種臣、さらには数種の古碑法帖(こひほうじょう)(古い石碑の拓本や中国の書跡の複製などのこと)などの書を愛蔵していました。文房具についても同様に関心を抱き、筆は長鋒の軟毛を好んだようです。制作だけでなく、蒐集(しゅうしゅう)や鑑賞などの活動を通じて手と目が同時に磨き上げられていったのでしょう。

有名になるとあちらこちらからの依頼で、捌ききれないほどの揮毫(きごう)をこなしたといいます。この一幅も求めに応じて書いたと思われる晩年の作です。細心の注意を払いながら一点一画丁寧に筆を運び、おだやかな書です。漱石は同時代の中村不折のような四角張った六朝風(りくちょうふう)(中国の南北朝時代 、北朝で発達した独特の書風)を好みませんでした。

飾らずありのままの姿を写した漱石の書は、正直な生き方、繊細な人柄がうかがえるような気がします。成田山書道美術館で6月15日まで開催する「幕末明治の下谷文人」展に出品します。(学芸員 田村彩華)

【釈文】惜花春起早。受之夜眠遅。漱石書。