●K太先生の「 放課後の黒板消し」 41

 絵はがきとスケッチ

 春は旅行のシーズンです。特に私たちの暮らす日本では「桜前線」が現れて、南から北へ、全国を美しく染めていきます。かつて京都への旅を誘うポスターに「桜の開花がニュースになる国って、すてきじゃないですか」という名コピーがありました。

  さて、最近ではSNSの発達でいわゆる「映(ば)える」写真とキーワードをセットにして、旅先の思い出を世界中に発信することが流行しています。夢中になっている生徒もちらほらです。中には旅の目的そのものが美しい景色や珍しいモノの写真を撮ってSNSにアップすることになっている、言わば逆転現象も起こっているようです。

  しかし、美しい写真には残らない感動も旅先にはあるはずです。むしろ苦労したり予期せぬ出来事に遭遇したりすることも旅の醍醐味であり、やがては良き思い出となる種たちだと思うのです。

  その土地で出会った人々との会話や肌で感じた空気、およそ形容しがたい味や独特の香り…。これらは写真には残りません。また胸にこみ上げた感動やそのために溢れた涙でにじんだ景色も写真では残せないものです。

  昔アメリカを一緒に旅しながら、写真も撮らずにスケッチをし続けた仲間がいました。曰く「この場所の写真なら売っている絵はがきで充分。それよりも今、琴線に触れたものを自分の手で刻んでおくんだ」と。

  先日恩師から、ある展覧会に行ってきた、との絵はがきが届きました。簡単な言葉が添えられたものでしたが、恩師の思い出の一部に触れたようで、うれしかったことを覚えています。

  このことがあってからささやかな遊びを始めました。それは旅先や展覧会に友人と出かけた際、お互いに絵はがきを買って後日感想と一緒に贈り合うというものです。数日後に届いたとき、旅の思い出が蘇るとともに、同じ場所で何が一番心に残ったか、お互いに選んだはがきで答え合わせを楽しむことができます。一度お試しください。

■K太先生
現役教師。教育現場のありのままを伝えるコラム。
 


K太せんせいの本棚G  読書案内

茨木紀子著
「詩の心を読む」
 詩人が語る詩のこころ

 今回は「岩波ジュニア新書」からの紹介です。茨木紀子著「詩の心を読む」は、今から40年ほど前に発刊されて以来70回近く改刷されている名著です。図書館にも多く置かれているので、学生だけでなく、読者のみなさんも一度は手に取ったことがあるかもしれません。

 著者茨木のり子さんは「自分の感受性ぐらい」や「わたしが一番きれいだったとき」などの詩で知られている詩人です。この本は、長い間詩を書いてきた一人の詩人が、本当に好きだと思える詩について語っている本なのです。

 筆者の言葉を借りれば「心の底深くに沈み、ふくいくとした香気を保ち、私を幾重にも豊かにし続けてくれた詩」を眺めて、「なぜ好きか、なぜ良いか、なぜ私のたからものなのか、それをできるかぎり検証してみよう」という試みであり、「大事なコレクションのよってきたるところを、情熱こめて語ろう、そしてそれが若い人たちにとって、詩の魅力にふれるきっかけにもなってくれれば」という願いの結晶なのです。

 私たちも日々の生活の中でふとした言葉に心動かされる瞬間があります。しかし、その時なぜ心が動いたのか、動いた気持ちを呼ぶとしたら何という気持ちになるだろうかと考え、表現しようとしても、なかなか言葉には出来ないものです。

  「なぜか分からないけど涙が溢れた」と言えば、それも正直で美しい言葉ですが、言葉の魔法使いである詩人は、これらを見事に表現してくれます。

琴線に響いたものとは何か、偉大な詩人の言葉を借りて色付けてみませんか。

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