●K太先生の「 放課後の黒板消し」 39

 「ない」ことの証明

 蒔田晋治さんの詩に『教室はまちがうところだ』という素敵な詩があります。約950字に及ぶ詩で、私たちは何度も間違える中で成長していくのだから、うまくいかないことを恐れちゃいけない、ワラっちゃいけない。そう呼びかけてくれる詩です。

  その中に「まちがったって誰かがよ なおしてくれるし教えてくれる
困ったときには先生がない知恵しぼって教えるで そんな教室作ろうやあ」という一節があります。

 学校生活には、しっかりと叱られるという学びの瞬間があります。故意にものを壊したり、時には仲間を傷つけたり。可能性の塊の生徒たちは、言いかえれば心身共に未成熟の状態です。だから「ノリでふざけて」「なめられたくなくて」「イライラして」などといった様々な理由でエネルギーを発散します。

 そしてその度に叱られ、諭され、反省するのです。 ところが、この時に必ずと言っていいほど約束することが「二度としません」というものなのです。実は「しない」ことを証明することは、とても大変なことです。しないのですから、目に見えません。何も起こらないことが証明なのです。

 更に「してはいけないことを、しない」という約束は至極当然のことを言っているに過ぎません。「朝起きます」「歯を磨きます」と同じことですね。

 ですから、反省を「示す」ためには言動や姿勢、態度を人一倍改めていく必要があります。「もうしません」ではなく「二度としないために何が出来るか」を考えて実践し、それを「認めてもらう」しかありません。

 

 当たり前のことを当たり前にやることがいかに難しいかを実感しつつ、プラスアルファの意思の表明。あいさつ運動や朝掃除、教室の花の管理など、仲間と共有する環境を磨くことがその第一歩かもしれません。

  一方で一罰百戒のごとく「皆に見えるようにやらされる罰」では、心磨きになるかどうか。罰掃除に罰当番を繰り返すようでは大切なものを見失ってしまうと思います。

■K太先生
現役教師。教育現場のありのままを伝えるコラム。
 


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等身大の青春

 「カテアッ、タァァァーッ」「ンメアァァーッ」作品中で何度も目にするこれらの台詞は、ある武道に関係する方なら「確かに言っているかもしれない」と思わずニヤリとしてしまうものです。

 正確には台詞ではなく、剣道では「気勢」を示す発声とされ、それぞれ「小手(コテ)」と「面(メン)」という技の名前を気合いと共に出しています。

 誉田哲也著『武士道シックスティーン』は二人の剣士の物語。シックスティーンは十六才、高校一年生の女子高生が等身大の青春を全力疾走します。

 帯には「『ようするにチャンバラダンスなんだよ、お前の剣道は』剣道エリート、剛の香織」と「『兵法がどうたらこうたら。時代錯誤もいいとこだっつーの』日舞から転身、柔の早苗」という二人を象徴する言葉。

 

 相反する二人が出会って迎えた最初のインターハイ直前には、いつも強気の香織が「……あたし、もう、前みたいには、勝てないかもしれない」「……狂っちまったんだ、歯車が……」とこぼす場面も。一瞬一瞬を生きている高校生の息づかいが痛いほどに感じられます。

 この『武士道○○ティーン』は彼女たちと共に高校三年生まで、一冊毎に一年ずつ進んで行きます。そして、卒業後の『武士道ジェネレーション』まで続くのです。

 「次の瞬間、あたしの脳天が、緑色に爆(は)ぜた。メンあり」など、リアルな感覚の描写と主人公の成長を等身大の時間の中で読める作品です。
青春真っ只中の人も、かつて過ごした時間を忘れかけている人も、二人の隣でその熱さを感じてみませんか。


 

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